三原氏物語

有り余る時間と珈琲で、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの妄想日記

物語は終わる。人生はまだ続く。

もうここで終わりだと判断した。

 

 

最後の長話

 

 

 

やる気はある。まだ書き残していることも沢山ある。伝えるべきことはちゃんと伝えきったのかしら?

そしてしっかりと伝わったのだろうか。

 

このままずっと、三原氏物語は続くと思っていた。いや、続けることも出来た。

 

 

精神障害者を続けて11年近くが経ったのかな。初期の頃の廃人状態に比べれば、今はほとんど健常者と遜色ないくらいに自分は回復したと思っている。

 

障害者からは「障害者に見えないね」と言われ、健常者からは「お前いっつも変だよな」と指摘され続ける人生。

一体どっちなんだろうかと考えてみても、恐らくどちらとしても中途半端な状態なんだろう。

 

障害者手帳を取得すると、大概の美術館、博物館にはタダで入れる。

人気のある展覧会もわざわざチケットの購入に長蛇の列に並ばなくても、いきなり会場まで行って手帳を見せれば割り込める。

 

その時、いつも学芸員のお姉さん達は「障害者っぽくないな」という目でアタイを見る。タダで見られるから別に文句をつけるつもりもないけれど、やっぱりそういう

バイアスのかかった視点で人を見るんだなとは感じた。芸術や文化を見る目はあるはずなのに。

 

 

ただ、自分としても一体障害者なのか健常者なのか分からないところがある。

大概の障害者よりかは不自由はしていない。しかし、健常者と同等の活躍が出来るかと言われれば、それは否定出来ない。

 

 

 

 

そんな何もかもが中途半端な人間の闘病記として、このブログは8年近く続いてきた。

調子が良ければ遠距離の散歩をし、具合が悪ければ一日中硬直している。それだけの人生に過ぎない。

 

障害者だろうが健常者だろうが、普通の人はやらなさそうなことを思いつく限りやってきた。オチはいつも中途半端になるけれど、それでもお前らよりかは挑戦してきたよ。

と言い切れる。

 

やりたいことは時間がかかっても実現させてきた。これからもそうなんだろう。

 

だけれども、アタイはもう次のステージへ行かなきゃならないんだ。いつまでも終わらない物語を週刊連載の少年誌みたいにダラダラ引き伸ばしているわけには行かない。

 

 

 

 

 

 

 

ここ数ヶ月くらい、馬鹿みたいにひたすら「引っ越したい」を連呼してきた。

7月の1日に物件の見学を申し込み、あっという間に契約が決まって12日に横浜の実家を離れて、東京23区で家賃数万円程度の、三原が暮らす分には十分すぎるくらいの条件の場所に引っ越した。

 

 

さすがは東京都23区。

あらゆる交通機関を駆使すれば、大概の思いつく場所に片道300円以内で行ける。

美味いコーヒー、最新の家電、有名な美術館、インスタ映えするスポット、行列の出来るラーメン屋に大型書店。。。

 

最早この23区で出来ないことを挙げる方が難しいくらいに、満たされている。アタイ自身はもう引っ越してお金がなくて食費も切り詰めるくらいのレベルなんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、やり残した事と言えば

敢えてこのブログでは解説しなかったワードである「若年性無敵症候群」

あまりヒントもだしていないけれど、その意味はなんとなく汲み取って欲しい。最終回だろうが別に解説するほど重要なものでもないと判断したからだ。

今、お金さえあればあらゆる問題が解決出来る環境にアタイはいる。どこへだって行けるし、何でも欲しい物も買いに行ける。比較的珍しい海外の料理だって食べに行ける。

まさに無敵だ。ええ、お金さえあれば。

 

 

・・・とは言っても、結局やっている事はただ単に部屋で珈琲を飲みながら空想に耽っているだけ。

引っ越して徐々に必要なものを買い足して行こうと当初から考えていたので、机はあるのに椅子は無い状態。

 

Wi-Fiの契約も手続き自体は簡単なんだけれど、時期的に7月の中旬の入居だったから契約期間が1ヶ月毎なのを考えると、月の1/3をなんとなく損しているなぁと思い、未だ契約せず。

 

唯一のオンライン手段は大嫌いなスマホのみ。誰もアタイに興味がないのと同様に、アタイもほとんどの人に興味がないのでSNSもそんなにログインしていない。

 

 

 

ただ実家からアパートに部屋が変わっただけで、立ち上がって掃除をするか畳んだ布団の上に座るだけの日々。珈琲は美味くても、何故か行動を起こす気力は湧かない。誰か遊びに来てくれないかな。漠然とそう思っていたら、緊急事態宣言。せっかく都内で有名なカフェから買い付けた選りすぐりの珈琲豆を用意したのに。

っていうか、そもそも遊びに来てくれるような友達なんて皆無に近かった。

 

一応最寄り駅まで歩けば、Wi-Fiのつながるスタバが存在するが、いちいち身支度をしてパソコンを担いでブログを更新するのもなぁ・・・と思っていたら、引っ越して既に1週間が経った。

 

 

 

役所の手続きも済ませ、人生で初めて世帯主となったらしい。電気、ガス、水道の手続きも済ませて、あとは予算制約線の範囲で食いつなぐだけ。

気ままに珈琲を飲みながら、ブログでも書いて残りの人生を楽しむかなぁ と、引越し前まではそう思っていたのに、引っ越したら何かが変わった。

 

いや、正直言うとその気になればいつでも横浜の実家に帰れるし、いつでも家族に会えるからなのか分からんすけどあまり引っ越して一人暮らしをした実感がないのよ。

 

なんとなく「新しい自分の部屋が増えた٩( )و」みたいな感覚だけがあって、誰とも喋らなくなった代わりにクソみたいな妄想に取り憑かれて1日が終わるようになった。

 

 

これからの人生どうしようか?みたいな事は最早考えることすら面倒で、なんならこのまま孤独死しても不思議じゃないくらいにどうでもいい。

近隣が静かで、食材を買いに行くのに大した労力を伴わないのがヴェンリねー ってのが引越し後の大きな違いで、結局通勤時間が30分ほど短くなっても早く職場に到着する癖は治らず、休日にデバイスを駆使して小賢しい事をしようと企んでみても、Wi-Fiと椅子が無いのが理由で思うように捗らず、ただ掃除と洗濯をして1日が終わるだけ。

 

それでもここ最近狂ったように「引っ越してー!!」と連呼していた願いが叶ったせいなのか、家賃の割にあらゆる条件が良すぎるせいなのか現状に満足し過ぎてしまい、余計に妄想を展開する事に時間を割くようになったのと、

 

精神障害者には自治体から援助を頂く制度である「自立支援」というものが、本当の意味で「自立」が成立してしまった という達成感に至ったからなのか、何かもうこれ以上凄い夢みたいなものを自分の頭の中で描けなくなっている。

 

このまま惰性で三原氏物語が続くならば、この後には大学卒業編があるし、その後にはフリーター編、精神障害者35歳限界説突入編なんかが起こりうると今勝手に予測したんだけれど、

正直なところ、精神障害者が真の意味で自立が出来たならば、これ以上書くことはないだろうと判断したわけよ。

 

誰にも未来が予測出来ないとは耳にしていても、アタイ自身の今後の人生なんてどう考えたって宇宙旅行に出かける予定も無ければ、GAFAに就職するような片鱗もないし、これからやってくるかもしれない

人工知能のシンギュラリティに対して統合失調症の支離滅裂な発言のせいで積み上げてきた機械学習が根本的に崩壊するようなアホらしいSF的な展開も実現しないだろう。

 

 

 

 

要するに

デイケアという精神病患者のリハビリで習慣づけられた日記からノリでスタートしたこのブログ、三原氏物語は最終的に病気は治らなかったけれど障害を克服して自活が出来るようになるまで

回復しましたよ。

 

というのを、毎度毎度4000字近い雑談を織り交ぜて8年近く記録してきただけに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

特にコメントを頂くこともなければ、一度もバズる事もなく、読者様もいるのかいないのか良く分からない状況にも関わらず、ここまで続けてこれた事に我ながらすげぇと勝手に感動に入り浸っている。

 

 

 

「最底辺から最先端へ」を念頭に意識高い系障害者として、やる気を出せば3日後には必ず具合が悪くなるというループを繰り返しながら、「天国に最も近い珈琲」の抽出士としてバリスタを気取ってみたものの、誰一人自分の淹れた珈琲を飲みに来てくれる人はついぞ現れなかった。

 

最先端にアプローチ出来たのは、せいぜい最新のApple製品くらいなもんで、学歴は現在進行系で大学生。もっと言えば高卒だし、コラッツ予想が何を問うているのかは理解出来ても三角関数すら十分に理解出来ていない、そんな頭のまま31歳になってしまった。

 

意識が高くて小賢しい。これだけならば誰にも負けない自信はあるが、数多ある市場で評価されない才能は一度も誰にも認められることなく、金も人脈もフォロワーもいないどころか部屋にも必要最低限のものしか置いていないという究極のミニマリストの様になったのが現状だ。

 

 

一体このブログを通じて誰に何を伝えたかったのか、或いは伝わったのかは自分でも分かっていない。

分かる奴だけついてこれればいい、自分のために書くブログ」というスタンスでやってきた、だからここまでは続いたのかもしれない。

 

実家では毎晩大通りを救急車がサイレンを鳴らして通過する音で、なんとなく不安になる日々を過ごしていたのに、引っ越した今は近隣のドアや窓の開け締めくらいの音しか聞こえないくらい静かでストレスもほとんどなく快適に過ごせている。

 

はずなのに、喫煙量は増え、生産性は落ちる一方。

 

夢が叶ってしまって目的が大学の卒業くらいしか残っていないという虚無感。

それなのに、障害者ながらに俺はここまで成し遂げたんだぞ!という全能感。

 

誰にも真似出来ないだろうし、誰も真似したくない人生を書き綴ってきました。ブログは誰かに消されない限りは残存するつもりだ。

 

 

これから何か新しいことをやろう、っていう名案も戦略も何もないけれど、多分45歳くらいまでは生きるつもりだし、ちょっとその辺のリンクとか辿ればまたどこかで名前を変えて小賢しいことをやっているよ。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってなわけで

 

 

 

アクティブログ stopped(活動記録停止)

 

前回の更新から2周間経った。そしてこれが最後よ。

一応連日続いた雨も、今はそんな面影もなく快晴で時には入道雲が見えたりしている。

 

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物件の下見に行ってから書類審査までの間は特に面倒な質問、やり取りもなく無事に完了し、11日の夕方雷雲が轟く中を契約先の不動産屋まで歩いていった。

 

もう請求書の額さえ払って書類に印鑑を押して鍵を受け取れば、アタイは自由なんだ。実際にそうだと思っていたし、事実そうなっている。

 

 

約款みたいなものの説明を聞いている最中に豪雨が襲う。賃貸保険を自分で選べないかと交渉していたら他のどっかの契約者が「家が雨漏りしちゃって・・・!!」と問い合わせにやってきた。

 

アタイの人生の門出はいつも雨。

 

小学校、中学、高校もそう。前の大学の入学式は快晴だったけれど、精神を病んで中退。 

今の大学はやっぱり小雨だった。

 

因果関係とか縁起とか、さほど気にしない方だけれど物事の始まりはいつも雨じゃないと自分らしくないというか、上手く行かない気がしている。

契約の時点では豪雨。これは逆に上手く行くんじゃないか。そんな予感がしていた。

 

1時間以上の説明と印鑑やサインの手続きを経て、ようやく手にした自分の部屋の鍵。「何か有ったときは宜しくお願いします。」そう告げて不動産屋を出ると、雨は上がっていた。

 

そこから大家さんに挨拶をして、やっと自分だけの暮らしが始まるぞ!とまだ荷物も何も無い部屋で30分くらい一人ぼーっとしていた。

 

そのせいで最後の家族との夕食の時間に間に合わず、一人で残り物を食べながら「明日から一人暮らしかぁ・・・」とは思いつつも、どこか実感が無いというか他人事のような感覚で、それは1周間経った今でも

あまり変わっていない。

 

 

12日は早朝から頭の病院に行って診察を受け、1ヶ月分の薬を貰う。先月の血液検査の結果が良好だったと聞いた。1ヶ月前の採血の時期は、港区の叔母の空き家で一人暮らしごっこをしていた時期だったので、まぁ一人で自炊をしていても別に不健康なものは食べていない と結論付けることが出来そうなので安心した。

 

昼前に自宅に帰ってきて冷凍の牛丼を食べ、引越し業者がその1時間後にやってくる。

 

私物なんてほとんど無い。机一つとダンボールが6箱。季節を問わず洋服はスーツケース一つ分。強いて言うならば一番重たい物がスノーボードの用具一式くらいか。

20分もしない内に積み込みは完了し、新居まで乗せていってもらうことに。

 

普段首都高は羽田空港方面にしか行かなかったので、初めて通る高速道路の風景に新鮮さを覚えた。

みなとみらいを通過した時に、あそこのビルのドトールでヴァイトしていたんだよなぁ

と思い出したり、

東京に入って湾岸のどこかを走っている最中に見えた東京海洋大学越中島キャンパスを見て現役だった頃はここが第一志望だったんだよなぁ

と、それまで忘れていた記憶が蘇ってきた。有り得ないが、ここに入学していたら人生はもっと変わっていただろうなぁ。って。

 

こんな繁忙期を過ぎて7月に入り、況してやコロナ禍だろうと意外に引っ越しの需要はあるらしく、連日仕事で忙しいと業者は話していた。気軽に話せる上に、荷物は丁寧に扱ってくれた。

また引っ越すときはこの業者にしよう。そう思えた。

お気に入りの割れやすい珈琲器具も、無事だった。業者との別れ際に丁重にお礼を言った。

 

それでも後日メールに届いたレビューには、回答する気力が一切起きずスルーしている。

 

 

自分で梱包しておきながら、どうやって整理したらいいか分からない荷物を眺めて思考停止をしていたところにガスの開栓の立ち会いが入る。

こうしてインフラは全て揃って、最低限生きていけるレベルの身分になれた。

 

翌日13日の火曜は午前中にAmazonから新生活に必要なものを受け取って、昼から家電のアウトレットを見に出かけた。

普通冷蔵庫なんて頻繁に買い換えないから、どのくらいが相場なのかも分からないし、かと言ってAmazonでテキトーに買うのも腑に落ちないので、こうして家電量販店にやってきたわけだ。

 

 

ネットの方が同じ商品でも安いし送料もタダだよ、と店員に言ってみたら見事に値引いてくれて木曜に配送が決まる。

新生活も始まるし、髪も伸びてきたから切るか!٩( )و と美容院に言ってみたら、短くなっただけで別に雰囲気は変わらなかった。やっぱりこの歳で「カワイイ」を目指すのは無理があるのか。

 

 

水曜はヴァイトに行って1日終わり。

 

木曜は午前中に家電を受け取り、ようやく洗濯を思う存分出来るようになり、それを干してから区役所へ。

片道20分はかかったかな。役所の案内はスムーズだった。その時点では「公務員が仕事できねぇって誰が決めたんだろう?」と思っていたが、住所変更の手続きを申請してから40分近く待たされる。

「データ入力するだけちゃうん??」

 

挙げ句横浜市で登録したマイナンバーカードのパスワードは何故か合致せず、そのことを公務員に告げたら何のためらいもなくパスワードを更新してくれた。結構ゆるいんじゃねぇか?一応身元は確認した上で

やっているんだろうけれど。

 

 

とりあえず正式に都民になりましたよー という手続きが終わり、「さぁ次は福祉課で障害者手帳の手続きだ!」と気持ちを切り替えていたら、なんだかんだでその手続きだけで2時間近くかかる。

まぁ丁度障害者手帳と自立支援の更新期間中に住所が変わったから、こういう面倒なことになったのかもしれない。

手帳の更新の前に一度役所の外に出て一服しておけば、こんなにイライラすることもなかったと思うが、早く物事を終わらせたかったので焦った結果こうなった。

 

更にコロナワクチンの接種券の手続きに行って、疲れ果てる。

単調な作業をずっとこなしているだけな気がするけれど、これは疲れる。幾ら給料が良くても2週間で辞表を出すくらいしんどい職業だと感じた。

 

 

金曜。

ヴァイトに加えてコロナワクチンの二回目接種。打ったその日はなんともなかった。むしろ頭がめっちゃ冴えていてスマホ等のデバイスを用いなくても脳みそが5Gに接続するような感覚さえあった。

 

土曜。

ヴァイト。お客が少ないから良かったものの、すんげぇダルい。ワクチンの副作用とか聞くと、なんとなく自分もそういう症状になるような気がしていたからあまり意識しないようにはしていた。

しかし、頭痛はするし、打った腕は上がらない みたいな有りがちな副作用は実感出来た。人によって程度の差はあるんだろうけれど、アタイは発熱の無い風邪みたいな症状だった。

むしろもっと具合が悪くなるかと思っていたのに、この程度で済んだからなのか「本当はワクチンじゃない別の何かをプラシーボで打たれただけなんじゃねぇの?」と勝手に思っている。

まぁ確認の術はアタイには思いつかないが。

 

日曜。部屋の掃除と溜まった書類の整理。

水道光熱費の支払い方法を確認し、今更ながら物件内の設備に関する取り扱い説明書に目を通す。ヴァカでも分かる内容だったが、量が多すぎたので今までやる気にならなかった。

だけど結局、電気代はカード払いになっているのかと、家賃の振込先が明確じゃないのだけはよく分かった。

 

 

 

 

今日。月曜日。

大体やるべきことは終わったし、気分転換に歩いていける距離で珈琲を飲みに行こう。ついでにブログを書こう!!٩( )و  と思い立った。

根拠のない無限の体力がある気がして、スカイツリーまで歩いていってみようかとも思ったが、気温が34度もあると分かり諦めた。

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アパートからスタートして、敢えて遠回りで隅田川と荒川の河川敷をずっと歩いて北千住まで行ってみた。

なるほど、こんなにランニングがしやすい環境なのかと。

 

平日で人もいないし、木陰もない。ただずっと、長い道があるだけ。海まであと15km という表示があった。

休憩場所も日陰もないこのひたすら長い道を海を目指して34度の気温の中で歩いてくのは、流石に死ぬと思ったので辞めた。

 

何か思い悩むと長距離を歩く癖がある。数年に1度くらい、それをやっている。

 

今の自分にある不安は、少ない給料で生きていけるのかと、これから先どうなるか、何をしたい、何をするべきか分からない

 

 

だろうか。

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河でジェットスキーを楽しむパリピ、夏休みなのか知らんけれど野球場で暑そうなユニフォームを着て練習をする球児、パンツだけ履いた状態でベンチで日光浴をしているおっさん、特に目的も無さそうなのに自転車でサイクリングをする人、炎天下だっつーのに寿命を削ってまで健康を手に入れようとしているランナー

 

そんなのを脇目に、ただひたすら一時間くらい歩いていた。帽子をかぶっていて良かったと思えた。

 

 

住宅街の中にある、目的のカフェにたどり着きそこで店主や地元のお客と珈琲を飲みながら世間話をしていた。

なかなかこういうカフェはお目にかかれない。Apple Watchで計測してみれば、約5km 消費カロリーにして270kcal という凄まじい運動量だった。

 

そりゃあアイスコーヒーも美味いよ。

珈琲の器具の話や抽出に関して。オリンピックやコロナがどうこう、なんて話を1時間くらいしていた。

 

店内にインテリアとしてサボテンなんかが飾ってあるのが特徴のお店で、珈琲が美味いのは言うまでもないけれど、まさか「有り余っているから、良かったら観葉植物持っていく?」と問いかけるオーナーは初めてだった。

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珈琲や豆は売り物なのに、植物はタダでくれるという珍しいお店でお土産に観葉植物をノリで貰ってしまって「家族が増えるよ、やったね たえちゃん」って感じだが、ここから先帰宅するまでずっとコイツを手に持ちながら炎天下を歩くことになる。

 

 

いや、丁度「家にも植物一つくらい置きたいなぁ でも金ねぇなぁ」とか思っていたところなのよ。

流石に鉢まではくれないけれど、白と黒の家電に囲まれたモノトーンのこの住まいに緑が増えて生活も豊かになるなぁとか考えていたのね。

 

でもさ、貰った当初は浮かれていたけれど、これよく考えたら普通に庭に置いてあったものなのよ。オーナーの許可を貰って頂戴したけれど、今自宅に持ち帰って植物を眺めていてさ

 

 

 

 

 

「もしかしてアタイが世界一大嫌いなあの生物がひっついていないかなぁ」とめちゃくちゃ不安になっているわけ。

 

ヤツが辿った「印」みたいなものは無さそうだし、日陰には置かれていなかった。なら大丈夫か?

 

寝ている間にヤツが土の中から出てきたら、入居して1週間しか経っていないが、この部屋出ていくぞ。

 

結構ここまで「最終回だから」って理由で長々書いてきたが、実は冒頭からずっとこの植物からヤツが出てこないか不安になりながら記事を書いている。

 

 

元々ペットとか大嫌いだし、この植物にしたって何かダニとか付いていて寝ている間に頭皮に到達してアタイが剥げたらどうしよう 

 

みたいな変な心配が湧き上がってくるんだけれど、一体どうなんだろうか。

 

どこか近所のお花屋さんに持っていって、相談してみたらいいのか。

 

 

残念ながら何でもあるとイキっていた23区内なのに、Google mapで見る限りでは近所にそういうお花屋さんが無い。嘘だろ、日比谷花壇とか近所にないの???

 

 

ペットの病気ならば動物病院。それはアタイでも分かるが、植物にキモいのがついていないのかを確認するのに「植物病院」なんて聞いたことねぇ。

さぁ困った。ノリで貰ったこの観葉植物。新生活のスタートにふさわしいプレゼントだと思っていたのに、急にキモチワルイ存在になってきた。

 

どうなんだこれ、物干し竿に吊るしておけばなんとかなんのか?

 

植物の飼育なんて、小学生の頃の朝顔の観察と、阿寒湖で買ったマリモ(偽物)くらいしか経験ねぇぞ。

 

 

 

 

 

 

 

今のところはダニも見当たらず、植物は静かにしているから話を戻そう。

植物を貰ってカフェを後にした場所は北千住。

 

 

カフェのオーナーに美味い店を教えてもらって、町の中華食堂みたいなところにやってきた。

 

焼きそばと餃子を食え。指示に従ってみたら、すんげぇうめぇの。見た目は普通なんだけどな。しかもこれ併せて600円丁度。テイクアウトも出来るみたいだし、近所ならばマジで通いたいと思ったね。

店の名前は「りんりん」だったかな。写真を撮る勇気はなかったし、店構えからしても素通りするレベルだけれど、アタイみたいな貧乏人からしてみれば間違いなくこれはご馳走だぜ。

 

 

そして「せっかく下町に来たんだから、銭湯行ってみるべ」何故かそう思った。

 

美味い飯を食べたけれど気温は32度。割と意識が朦朧としていた気がする。まだ大通りをビル陰が覆っていたから日射病にならずに済んだのだと思う。ちなみに距離は再び5km

ペースは落としたからなのか、消費カロリーは250kcal

 

ざっくりとグーグルマップで調べて目指したのは「萩の湯」

位置的には鶯谷が最寄り駅なんかな。一生縁はないけれど、ラブホテルの激戦区みたいなところだった。

 

そして、ざっくりと把握した位置で到達したのはサウナランド。

今アパートに戻って、そこについて調べてみたらハッテン場だった。

 

 

 

やっぱり暑さで判断力は低下しているものの、「これじゃないだろ」とは確信していたので、再び検索し直してたどり着いたのがマンションの様な風貌の銭湯。

一階にコインランドリーがあって、階を上がると受付と銭湯がある。

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Suica使えるだろ、と思っていたらまさかの現金オンリーなのは意外だったが、風呂はキレイな上に開放的で初心者にもわかりやすい仕様なのに加えて流行りのサウナもあるし、大の風呂嫌いなアタイでも1時間半は滞在出来るくらいに満足出来る内容だった。

入浴料は470円。タオルを借りると+70円。

 

着替えを持っていかなかったので、せっかく風呂から上がってさっぱりしてもまた汗だくのシャツを着ることになるのは想定していなかったが、炭酸泉やジェットバス、露天風呂もあるし「これは楽しいな、また来たい」と本当に思えた。

 

 

結局サウナで「整う」という概念は理解出来なかったけれど、なんとなく身も心もキレイになったし、今まで10km以上歩いてきた疲れも吹っ飛んで、そこからまた1時間ほどかけて歩いて帰宅するんか

 

と思いきや、電車に乗って帰るという三原らしいオチだった。

 

 

最寄り駅のスタバで最後のブログを書こうと思っていたら、店内は満席な上に幾らアタイが体を洗ったからと言って汗臭いシャツの臭いが取れるわけでもなく、その上夕日が眩しくてディスプレイに集中できねぇし、流石に今日は珈琲を3杯も飲んだからこれ以上飲めねえわ と判断して、帰ることにした。

 

だからここまでの文章はWi-Fiの繋がっていないMacBookのメモ帳でアパートから書いていることになる。まさか最後のブログがメモ帳からのコピペになるとは思わんかった。

多分火曜のどっかの時間で丸の内界隈のフリーWi-Fiから、このブログを更新することになるのだろう。やっぱり最終回でもキマらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この一週間で新生活が始まり、髪も切ったし身も清めたし(一応引っ越してからは毎日風呂に入っている)大体手続きなんかは終わったので、後はひたすら自粛しながら優雅に珈琲と読書を楽しむ生活が待っているんだと信じたい。

 

引っ越して別に人生が劇的に変わるもんでもないが、ある意味このブログを始めてからやりたい事は一応オチは伴うけれど実現してきたつもりだ。

 

 

人間の欲求は無限大。

そう言われてみれば、今は椅子と食器棚が欲しいな とは思うし、それがいずれ手に入ったら今度はまた何か新しい「やりたいこと、欲しいもの」が出てくるんだろう。

 

 

あと言い忘れていたが、障害者手帳の更新に伴い、一時的に障害者手帳の期限が切れる。

法的に、病的に、人間的にどうなのかはよく分からんし考えるのも面倒くさいが、これは「一旦は」障害者じゃなくなる。と判断してもいいんじゃないか。

 

そうなれば20歳で患ったこの統合失調症も、「一旦は」障害者扱いじゃなくなるのかもしれない。だったら「闘病記」なのも、もう終わりですよ。

 

 

 

 

このブログが誰かの役に立った、生きる勇気や希望を貰った

 

そういったコメントを貰った事は一度もないし、所詮は

支離滅裂だけれど理論武装した妄想を長文で展開するただの日記に過ぎない。

 

 

 

「コイツのやっていること、いつも大したことねぇな」

そう思ってもらえるくらいが丁度良いし、実力でもマウントでも発揮出来るならば勝手にやってくれて構わない。

 

 

なるべく論理的に順序立てて書くように心がけてはきたけれど、極稀に過去の記事を読み返してみると「これ、自分でも分からねぇな」と感じる事はある。

加えて、「昔も今もあまり考え方が変わっていないな」とも思うし、その時読んだ本や授業に内容がモロに影響を受けているなぁってのがよく分かる。

 

せめて最後くらい「病気が寛解した、結婚した、就職した」みたいな格好いいけれど有り触れた終わり方に出来なかったのは、自分が最終的には屁理屈ばかりで何も出来ない奴だったんだ

という気持ちしかないが、人生のピークでもある貴重な20代前半を、一日中寝たきりだった生活から一人で自活出来るまで回復するのに10年もかかったんだよ。

 

たかが都内の家賃数万円程度の物件を借りた程度だから大体の人が思うサクセスストーリーにはならなかったかもしれないけれど、自分の中では大成功なんだ。

 

 

いつも頭の中では「このままじゃヤベェ」という不安感に付きまとわされて、それなのに向精神薬を飲んではダルくなってひたすら寝込んでいた。

何かでミスをする度に「なんでアンタは出来ないの!?」と言われては「すみません・・・」としか答えることの出来ない人生。本音を言えば全て「障害者だからです」の一言であらゆる事が解決するのに。

 

でも具合が悪いとかダルい、つらい、しんどい は散々連呼してきたけれど、ミスの理由を障害のせいにした記憶は多分無い。

 

 

このブログを投稿した後、「アタイ」は何事も無かったかの様に「ヴァイト」に出勤する。

今日もクレームに怯えながら。

変な客がムカつく態度をとってくるかもしれないと不安になりながら。

リテールデータから判明した不備を本社からお叱りを受けながら。

 

 

 

かつてデイケア時代に、そこを卒業したら進路はどうなるか。というテーマがあった。どいつもこいつも絶望しきった顔をしていて、笑っているのに表情はそのまま。

大学を中退した人間が、なんで幼稚園の延長みたいなことをやっているんだろうと薬漬けにされた頭ながら漠然と危機感を持っていた当時。

 

あの当時の進路は「作業所か、再入院か」の選択肢しか用意されていなかった。

結果として親父が障害者の就職斡旋所みたいなところを見つけてくれたから回避できたものの、作業所の賃金は神奈川県の最低賃金に達するかどうかの単純作業だと噂では聞いていた。

 

ハローワークにも通い、職業訓練校にも通うことでようやく掴み取った内定。

 

 

障害者雇用ではあるものの、作業所に比べれば自分はまだ勝ち組だと思えた。

それからお金に少し余裕が出来て、あれこれとやりたいことを思いつく限り実行してきた。

 

国宝やミケランジェロの作品も障害者手帳でタダで見られる。システィーナ礼拝堂ってこんな感じなのかぁ。これがあの写真集で見たミケランジェロの彫刻の実物か。レオナルド・ダ・ヴィンチのメモがリアルに目の前にある。

 

確かに価値のつけられないくらいの作品はタダで、散々見てきた。

 

 

このアートを見れば人生が変わるんじゃないか?!

 

そう思って新しい展覧会に足を運んで実物を見れば「なんだ、こんな感じなのか」の連続。

 

 

 

確かに記憶に残るくらいインパクトのある作品もあったけれど、別に人生観が変わるほどでもない。

 

 

「あの本を読めば、マジで考えが変わるから!!」

書店で平積みにされている新刊や、顔も知らない誰かのレビューなんかを見て多分30万くらいは書籍にお金を費やしてきた。

 

 

 

 

確かに読み終えた後には、謎の全能感がある。

でも2日も経てば内容なんてほとんど覚えちゃいない。床がきしむほどに積み上げられた書籍に目を通したことで、一体何が変わったのだろうか。

ただ小賢しくなっただけじゃないのか。

 

 

 

統合失調症を患ってからなのか、或いは患う前からなのかは分からないけれど大概の物事は「こんなもんなのか」と「それって本当なの?」という視点でしか判断していない。

 

 

 

 

感動すると言われている映画を見れば「ここの表現は良くできているよね」みたいな感想しか出てこないし、大人になったからなのか漫画もほとんど読まなくなってしまった。

 

精神が病んでいるからなのか、または血液検査が示すように亜鉛が不足しているからなのか飯を食べてもあまり味がしない時期があった。

 

 

確実に味覚の区別がつくのは、珈琲とタバコの違いだけ。

こうしてニコチンとカフェイン漬けになる生活が続いた。

 

物件の下見以降、引っ越しが終わるまで2週間近くは珈琲を飲んでいなかった。

あれだけ好きだった珈琲に飽きたのかを自分に問いかけてみるが、理由としては一時的であっても珈琲よりも夢中になれるものがあったから  なのかもしれない。

 

 

先程書いたように、トータルで月曜は珈琲を3杯も飲んだ。確かにそれならば合計で13kmも歩けるのも頷ける。

やっぱり珈琲が無いと生きていけないんじゃないか、そんな感じはする。

 

車がガソリンスタンドで給油をするように、アタイも珈琲を飲んでカフェインを接種する。そうでなければ何も出来ない。

 

 

 

 

以前書いたかは分からないが、アタイが珈琲を好む最もな理由としては第一に味だが、その次に薬の副作用で眠気を催すから がある。

飲めば元気になる。普段は無表情に近い自分が、笑顔でバリバリ接客に臨める。

 

ちなみにタバコを吸う理由は、四六時中余計なことを考える為集中しすぎて歯を食いしばるから意図的に口を開くために喫煙をするのと、やっぱりニコチンは一時的には脳のメモリの開放とパフォーマンスが向上するのが自分なりの答えだ。単純に依存しているだけなんだろうけれど。

 

 

感動するほど美味くて驚いた珈琲の記憶は鮮明に残ってはいても、道場の全国大会の新人戦で準優勝をしたり、ヒッチハイクで仙台に行ったり、大阪や京都に旅行をしても、やってきた事はほとんど一人の行動だし、あれこれとアンテナを張って考えた上で実行してみても人生のターニングポイントみたいなものはここまで発見出来なかった。

 

 

 

 

 

 

引越し業者の車に乗せてもらって、道中かつての第一志望だった東京海洋大学が見えた話をした。

現役でそこに落ちて、滑り止めで受かった地方の大学で精神を病んでこんな人生を歩んでいる。

 

前に通っていた大学のせいにするつもりは一切無いが、あの時受かっていたら。あの時病んでいなければ。と思うことは稀にあったりする。最近は忘れていたが。

 

 

 

前の大学でクラスの上位3位に入れていれば、今の得意先と対等な関係だったかもしれないのに。

30代で年収1000万が当たり前の世界が約束されていたのに。

 

 

結果として現在は時給1000幾らで、その日の生活をどうやりくりするか という次元にまでなってしまった。

 

 

 

あの時上手く行っていた成功した並行世界の三原と今の三原。一切連絡をとることなく一方的にSNSで充実した人生を投稿してくるかつての同級生達。それでも他人と比較しなければ自分がこの世でナンバー・ワンでオンリー・ワンなんだと未だに思っている。だからかつての同級生がどこで何をどう活躍していようが、知ったこっちゃないし、どうでもいい。

 

 

 

 

 

 

と、本当は思いたい。

 

 

引っ越して話し相手が居なくなった現在、やたら過去の記憶を思い出すようになってきた。なんなら幼稚園児の頃の記憶まで遡れる。

それでも医者に病名をつけられる以前から、自分は周りとは違う変な奴だなと今になって理解してきた。

 

 

 

 

 

遺伝なのか病気なのか、環境のせいか。

 

 

昔も今も自分の理解者はいない。親ですらも自分の考えている事が全く伝わっていない。精神科医も頷いてカルテを採り、それっぽくアドバイスをするだけ。

 

 

広大なネットならば、70億人がいる地球ならば一人くらいは理解者がいるだろう。そんな期待にかけていた。

 

 

 

8年近く「アタイはここにいるよ!!!」と叫んできた。

 

誰にも相手にされなかった。

 

 

 

 

なるべく理解されようと筋道立てて発信し続けた。

 

 

 

SOSほど逼迫はしていないが、結局この信号を理解出来る人は現れなかった。

美味い話を持ってくる詐欺師も、優しさを装う宗教団体からも連絡は来なかった。

 

 

この統合失調症という病気は、幾ら書店で関連書籍を読んでもイマイチ腑に落ちない説明ばかりだ。

自分は相手に理解してもらうために、働かない頭を駆使して言語化して伝えている。それでも理解には至らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

統合失調症。または精神障害者になって良かった事はなんですか??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・何一つありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひょっとして自分は人類を超越した、新しい動物なんじゃないか。

人間なんて最早古いオワコンで、自分の方が生物学的にも進化した生命体なんじゃないか。

 

 

だから周りの奴と話が噛み合わないんだよ。

多分IQとかそういう数値化出来ない賢さが自分にはあるんだ!

 

 

 

 

そう思っても、何故か皆がスラスラ解ける問題が自分はいつまで経っても理解できない、解けない、間違える。

 

 

「え?なんで皆分かるの??」と周りに訊いても、「なんとなく分かる」とか「逆になんでお前分からないの?」と言われる始末。

 

 

 

 

もしかして真逆の究極的なヴァカだったんじゃねーの??

そう認めようと思ってたら、何故か河合塾全統模試でリスニング全国1位をとったこともあるし、今の大学でもそこそこの成績は取れている。

 

 

 

 

一体自分はなんなんだ?

ヴァカでも天才でもない?凡人?それもなんか違う気がする。

 

 

出来ることは出来るのに、出来ない事には幾ら考えても時間を使っても出来ないことがある。

 

なんで数学の未解決問題の話題とかは理解出来るのに、ベクトルの話になると全く分からないんだ!!

 

言葉や数式では理解が出来るのに、図形やグラフ、表を出されると途端にわからなくなる!!!

 

 

 

あまりそういう話をする相手がいないのもあるが、同じ統合失調症だろうと皆がそうとは限らないようだ。

 

 

 

 

何か自分がどうなっているのかをシンプルに伝える三原の取り扱い説明書みたいなものはないのか?

 

「世界に自分と似た人は3人いる」 って話を小学生の頃に聞いたけれど、未だに自分みたいな奴には会えないのは何故なのか。

 

 

Google mapでも表示されないエリアみたいなところに存在している気分だ。

地図には無い場所。

 

 

ここに、真の三原の理解に、到達出来る者は現れなかった。

話が長すぎるし、支離滅裂だから誰も付いてこれなかったんだね。

 

 

上手く皆に考えを伝えられたら哲学者にでもなれたのかな。

似たような悩みを持ちかけてくる人もいなかったな。まぁ大抵は面倒くさいからスルーしますが。

 

 

結構困っている人は助けて来た方だと勝手に思っているけれど、自分が困っている時に助けてくれた人はそんなにいなかったよ。

 

 

 

 

でも一人でじっくり考える時間は出来たよ。次は何をしようかすら考えていないヴァカだけど、何か別の形でどっかで会うかもしれない。

その時は宜しく。

 

 

あと近々Kindleで『三原氏物語』を出版したいと思う。願望で終わらないように努めるよ。

 

 

死ぬわけじゃない。幾ら病んでいても自殺するわけじゃない。その証拠にリストカットをしたことすらねぇもん。

 

 

ある意味誰にも共感されないブログがここまで続いた事に、逆に才能があるんじゃねぇかとさえ思うよ。

 

 

だけどさ、真の意味で「自立」をしたし、一時的とは言えど「障害者じゃなくなる」んだ。

それでいいだろう?

 

都内のどこかで、珈琲でも飲んでいるさ。

暇なら一杯奢ってくれよ。小賢しい話ならばウンザリするほど出来るわよ。ここではもうしないけれどね。

 

 

未公開の話は沢山あるんだけれど、未後悔の話はもう無いわ。

 

 

 

支離滅裂な妄想空間、三原氏物語。

 

 

ここまで読んで頂き有難う御座いました。

 

 

 

 

じゃ、この物語はこの辺で!!  ٩( )و   

 

 

                三原氏物語   ~完~