三原氏物語

有り余る時間と珈琲で、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの妄想日記

いつの間にか満腹という概念が消失していた。食事が作業になりつつある。

貧乏人の食生活事情。

 

雑談

金、ねぇなぁ。

 

毎日そう思っている。と言うよりも、「悩んでいる」の方が正しいだろう。責めて地下アイドルくらい可愛ければ、誰かが食料をタダで与えてくれるかもしれない、一瞬そんな考えが脳裏を過ぎった。

 

金に困れば助けてくれる誰かがいる。根拠はないが、自分にはどこかそういう甘い考えがある気がしている。

例えばアタイの10倍以上の年収を稼ぐ叔母が、条件付きでお金を貸してくれるかもしれない。なんてさ。

 

朝早めに起きてしまい、卒論に5時間程度取り組んだところで「もうやる気でねぇな」と自分で自分を客観視出来たところで、午前はまだ10時半なのにも関わらず昼飯を食べる。

エネルギーを摂取すればパフォーマンスは向上する。高校生でも習いそうな物理的な法則っぽいが、残念ながらそういった類の公式や定理を検索する能力すら持ち合わせていない。そもそもエネルギーってなんだよ、って話だ。

 

エネルギーとカロリーの区別もつかない。

馬鹿だから今でも高カロリーな食品を口にすることで、バリバリ働けると思い込んでいる。摂取カロリーも消費カロリーも気にしたことがない。取り敢えず太っていないからそれで良いんだと本気で信じ込んでいる。卵一つにしたって、個体差があるだろうに厳密に方程式の解に則って食事を管理している奴の気が知れない。なんで筋トレするだけなのに卵と鶏むね肉しか食べないんだ、宗教で豚と牛が禁じられているわけでもあるめぇ。

 

 

 

とあるカップ焼きそばの裏面に記載されていたカロリーには880kcalと書いてあった。大した理由もなくApple Watchを装着しているアタイの1日辺りの消費カロリーは400kcal前後。

基礎代謝みたいなものを別とすれば、カップ焼きそば一つで2日分くらいは何も食べなくても生きていけると思ったのだが、違うのか。

 

普通に生きているだけで腹が減る。無知ではあれ、カロリーと栄養くらいは感覚的に区別がつく。明らかに一日に2食も麺類を摂取すると身体がだるくなるからだ。腹が満たされていても、能率が悪い。このまま続けていると、間違いなく持病以外にも何かヤベェ事が起こりうる。本能がそう告げている。

 

冬は鍋を食べよう、大根は風邪に効くぞ、かぼちゃは栄養満点。

ビタミンBとCの何が違うのかすらも知らないアタイ。なんか安くて美味いから、という理由だけで舞茸とキャベツ、もやしばかり食べている。

特に近所のスーパーのキャベツはどういうわけか、アタイの認識よりも総じてデカイので一玉買っておけば5日くらいはしのげる。それで栄養が簡潔するのかは、肯定出来ないが。

 

大前提として、バランスの良い食事という概念が抽象的過ぎてよく分からない。それならば好き嫌いは別として、今日はキャベツ、明日は人参、明後日は玉ねぎ・・・と、スーパーで扱う食材を一日一品ずつ選択して摂取をしていけば「一通りは全種類食べた」ことになる。

 

家庭科の授業では「一日30品目(だったか?)」を食べなさい、と教わった記憶はある。毎日素材をその程度摂れば良いよって話だ。これに関しても完全にあの当時の一般家庭で実現可能な範囲での理論であって、残念ながら高校を卒業していきなり地方で一人暮らしを始めたアタイにとっては無理ゲーだった記憶がある。

 

現に今も、きのこともやしとキャベツ、たまにカレーを作る程度のサイクルを繰り返しており、調子は良いもののパフォーマンスは低く、もっと言えば10品目も食材を調達する能力(経済的にも知能的にも)を携えていない。

 

結局消費しきれない食材は冷蔵庫の死角で刻一刻と腐敗していき、お金を払ってゴミを生産していたという事実を、アタイのおばあさん、母親、そして親族の家庭全てで経験してきたので、「腐らせるくらいならば買うな」という理念の元、アタイは基本的に食材が尽きるまで買い出しには行かないようにしている。だから改めて引っ越して一人暮らしを始めた今も、ここまでは一応何も腐らせずにやってこれた。

 

一人暮らしが陥る栄養不足について考えてみると、大きな要因としては

  1. 食材をフルで揃えるお金がない
  2. 厨房が狭いのでおかず一品を作るのが精一杯
  3. まともな食事を作るのにかける労力を考えると、結局なんでも鍋にブチ込んで少し塩気のあるものを作るのがコスパが良い
  4. IHヒーターの火力が弱い
  5. シンクの狭さが著しく洗い物を億劫にさせるせいで、洗い物を出したくない心理が働く

 

といったところだろうか。そりゃあ家賃5万程度の物件だ。風呂とトイレがあるだけでもまだマシな方。調理台と呼べるものはなく、IHと水道が備えられているだけ。これじゃあ珈琲くらいしかまともに楽しめるものはない。

 

第一、まな板と包丁を持っていても食材を切る場所がない。工夫してシンクの上で切れるようにはしてあるが、今度は切った食材を入れるザルを置く場所がない。一人暮らしの現実なんてこんなもんよ。家賃を上げて良いところに住めば、今度は食費に回すお金がなくなる。とてもじゃないが、一品に心をこめる事しか出来ない。

 

肉料理があり、ちょっとしたおかずが複数あるという一般家庭は実家にいたからこそ実現できた話で、徹底的に合理化を追求した結果、朝食はプロテイン、昼飯だけは豪勢に多めの野菜と肉を適当に炒めたものとご飯、夜は納豆と卵、みたいな生活をしている。

 

諦めているのか病んでいるのか分からないが、特に美味いものを食べたいという意欲がなく、究極的には炭水化物と塩、タンパク質 この3つを組み合わせれば飯は不味く作ることの方が難しいと落合陽一の本で読んで以来、確かにそれもそうだなと妙に納得してしまい、調味料も醤油とポン酢、焼き肉のタレ、ダシつゆの素のみ揃えている。

これに加えて胡椒があれば、ほぼ焦がす以外は不味く作れないと分かったのでずっとそうしている。

 

そう思うとこの三大要素だけでほとんどのファーストフードは成り立っており、「だったら自分でも作れるじゃん」と割り切ると、外食に行く基準は自分でも作れるかどうか が第一の基準になる。もっと言えばほとんどの飲食店は「学生バイトでも出来るもの」ばかりで溢れていて、これらを考慮すると最終的には「美味いラーメン」が無難ということになる。

 

蕎麦は高い割に大してお腹いっぱいにならないし、寿司は自分じゃ作れないしその辺の学生でも作れないが変に高い。焼き肉やファミレスは1人で行くと虚しいし、牛丼は自分でも作れる。中華は自分で作れないものが多いが油が多く、カフェの食事は「フードで儲けている」とセミナーで習ってから珈琲しか飲まないようにしている。

 

もっと言えば近頃はアタイの珈琲の抽出技術だけは無駄に向上していて、カフェで一杯600円もするものを注文しているのにも関わらず淹れ方の雑な奴を見るとぶっ飛ばしたくなる衝動に駆られるので、ほとんど豆しか購入していない。

 

そりゃあお金があったら考えも根本的に変わってくるんでしょうけれど、

商店街の肉屋で売られている焼き鳥を見て衝動買いをしそうになる自分と、無駄遣いは駄目だと抑える自分が対立していて「買っちゃおう」が勝った時に「ウチは現金しか使えないのよ」と言われて潔く諦められた事に満足している時点で、貧乏だと察してくれ。

 

取り敢えずテキトーな野菜と、なんで地球の反対側のブラジルで生産された肉の方が国産より安いのか理由も分からず買っている鶏肉なんかをテキトーに炒めて「不味くもないし、生きている」と生を実感している今の方が案外幸せだったりするので、それでいいかと思っている。

 

 

 

外食にはしていいものと、悪いものがある。

去年行った岐阜県下呂にある、食べログの蕎麦100名店に選出されていた蕎麦屋の味は忘れられないし、あれより美味い蕎麦は知らないが、日頃食っている150gで200円前後の乾麺のものでも個人的には満足しているので、下呂の蕎麦は「蕎麦も極めるとこんなにうめぇんだな」という感動にはなっても、残念ながらスーパーの乾麺も「不味くは」ないので、また下呂に食べに行きたいとは思わないし、名古屋で本家のひつまぶしを食べたからこそ「それ以外の店のものは模倣であれより美味くは出来ないんだ」と自分を納得させることで、幾ら東京に美味いうなぎ屋があっても行かずに済むという点では感謝をしている。

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だから栄養バランスを考えるのも大切だけれど、そこでしか食べられない美味いものだったら幾ら筋トレにハマっていて食事制限をしていようとも、食べておいた方がいいんじゃないの。という話でした。

 

いや、いたんだよ。以前にさ。マジでササミと卵を決められた量、律儀に毎日食べている奴。何を目指していたのか知らんけど。

 

 

 

ってなわけで

 

アクティブログ(活動記録)

さて、いよいよ卒論も締めの段階に入ってきたわ。ちょっと忙しくなるわね。とは言っても、ちっとも進んでいないんだけれど。

 

そんなわけで、ちょっと更新頻度を下げます。本音を言えば毎日ずっとブログ書いている方が楽しいのにね。毎度毎度このブログは4000字を超えるのに、卒論に関しては1時間かけても500字くらいしか進まないという。

 

まぁもともと興味のないテーマだしさ。しかも先行研究が存在しねぇの。

今日2021/11/03 は祝日じゃないですか。文化の日だって。なんか文化的な要素あるのかって感じの1日よね。そしてシフトの都合で明日も休み。というわけで、アタイは2連休なんです。

二日間誰とも接触しなくて良いと思うと、「二日間風呂に入らなくてもいい」って考えになる。風呂の研究をしているのにさ。

 

心做しか自らの老廃物が皮膚に蓄積していって身体が重たく感じるが、気のせいだろうか。

いや、一応今日の夜はシャワーを浴びるくらいはするよ。そんでもって明日は銭湯に行く。

 

一応ざっくりとしたスケジュールを立てて卒論を進めていて、取り敢えず今日で区切りの良いところまで行ったら、明日は存分にゆっくり休もうと思っているんだ。

今日も天気は良いからどっかの公園にでも散歩に行きたい気分なんだけれど、やっぱり出かけるとお金を使っちゃうじゃないですか。

 

どうせカフェに行っても集中出来ないんだから、それだったら自宅で美味い珈琲を飲みながら作業をしていたほうが遥かに捗る。過去に30回くらいカフェ作業を試みたけれど、全部失敗に終わっている。禁煙並に難しい。

 

というか、周りの目が気になるのと、加えて自宅でしか出来ない独特の座り方というのがあって、そのせいで行儀よくカフェで机に向かうのは結構神経を使うのよ。そもそもカフェの椅子って大体硬いじゃないですか。どう頑張っても2時間以上は座っていられないようなつくりになっている。

 

さて、日付が変わるまでには区切りをつけたいわね。

今回はキレの無い文章が続いたけれど、この辺で終わりとしよう。

 

じゃ、今回はこの辺で。読んでいただき有難う御座いました。٩( ᐛ )و

 

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