三原氏物語

賢くて可愛くて、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの闘病記

限りなく鬱に近い悟りゾーン

このまま詰まらない人生で終わっていくのかい?

 

雑談

いや、アタイ個人としては常に「今が一番楽しい」と断言する。何故かって?戻りたい過去が無いからだ。現状としては週4合計24時間程度の勤務を歴て、休日は晴れならば一日は博物館にでも出かけ、一日は図書館、一日は銭湯に行って終わる。

 

果たしてそれが客観的に見て楽しいのかどうかは誰かに指摘されないと分からない。近頃何もする気が起きず、色々部屋の中を整理していたら、全く使っていない口座に10万円貯金されていることに気がついた。

 

10万円。少し前にコロナ給付金で振り込まれた額と同等だ。まぁこれだけの額があれば一ヶ月は遊んで暮らせる。使うわけにはいかないが。ただし、心に少しだけ余裕が出来たのは間違いない。

 

 

さて、そもそもアタイは今の給料に対しては「少ない」とは微塵も思っていない。むしろこの程度の働きにしては貰いすぎだとすら思っている。手取りとしても、ギリギリ生きていけるレベル。「まぁこの程度の働きだったら、このくらいの生活が妥当だろう」というラインで生活している。

 

基本月収10万で暮らしているわけだ。友達は皆無で一切遊びに行かなくなったことに加え、常日頃誰からも連絡の一つも来ないのに、スマホを携帯していることに対して近頃疑問を覚えてきた。

 

スマホ、解約してもいいんじゃね?」

割と最近マジでこう思っている。アタイは格安SIMLINEモバイルを利用している。現在は新規契約は出来なかったと思うが、LINE,twitter,Instagram,spotifyはデータ制限関係なく幾ら利用してもパケットがかからないという仕様。

 

しかしながら、誰からも連絡が来ないし、SNSに関しても誰からも共感されないので、結局一日が24時間あっても合計で20分程度しか利用していないのが現実だ。LINEとかなんのためにあるのかマジで意味が分からなくなってきた。

 

最早アタイのスマホspotifyを無制限に聴きまくるための音楽再生プレイヤーに近い。それに邪魔な電話がくっついているイメージだ。他に多用するアプリは、家計簿と銀行の残高照会くらいか。

 

完全に孤独で、休日は誰とも会話をしないわけだが不思議と人生は充実している方だと思う。

ろくに友達どころか恋人さえいないのに。何故だろうか。

 

 

恐らくテレビを見ないからだと思う。アタイの自宅にはテレビが無い。そりゃあNHKの集金が「テレビ持って無いの!?」と驚くくらいに、無いものは無い。無駄だから。持っているだけで金がかかる代物なんてスマホだけで十分だ。自家用車ほどの便利さも無いくせに、「NHKが見られるから」という理由だけでお金がとられ、一方的に無駄な情報量を垂れ流し続けるあのディスプレイが、アタイは物心ついた時から嫌いだった。

 

下手なYou Tubeを見るよりも有意義かもしれないが、どうも見ていると価値基準がブレる。本当ならば皆こうあるべきだ、みたいなそういうのが知らず知らずに刷り込まれていく。最高にキモい。

 

大体自分のことを考えるだけで、アタイの頭は忙しいんだ。動物園でパンダの赤ちゃんが生まれたというニュースが一体何の役に立つんだ。どうせ見に行くわけでもあるまい。絶滅危惧種が世界レベルのプロジェクトの一環でセックスして出産しただけだぞ。個体数が増えたね、これで将来も存続出来るよみたいなノリなのかもしれないが、今どき笹しか食べないとか言う偏食がよく21世紀の今まで生きてこれたなと思う。まぁパンダの気持ちとして、存続したいのか絶滅してもいいと割り切っているのか、実情は知らんが。ちなみに生まれ変わるならば、意地でも子作りしないパンダに生まれ変わりたい。そうすれば、かなり丁重に扱ってくれそうな気がするからだ。

 

一方で、人間は76億人くらい存在しているものの、三原家という家系は絶滅に瀕している。アタイは統失。弟は若くしてハゲ。このままじゃあ、とてもじゃないが子孫が残せそうにない。母方の家系も、色々あって、いとこも子供は多分作らないと思う。

 

東京という街は、出歩けば必ずどこかにカップルがいる様な気がするが、ここ下町には友達すらいない孤独な精神障害者が確かに存在している。アタイだ。そして自分の子供を作らない、つまり母親からすれば孫の顔が見られない、三原家のDNAをアタイの意志で打ち切りに出来るという、そういうところに「ご先祖さまに対する最高のしっぺ返し」みたいなことが実現しそうなところに堪らない喜びを感じている。

 

ちょっと広い公園に行くとアタイよりも若い親子が遊んでいたりするのを見る。なんで明らかに子供が少ないのに、いちいち子供を産むのかなぁと本気で理解に苦しむ。教育に投資をすればどうにか出来るようなレベルの国にはならないと思うのだが。

 

ここまで書いておきながら、別にアタイは子供が嫌いなわけじゃない。ただ、自分の子供は間違いなく、ろくでもない奴が生まれてくる予感しかしないんだ。だから子供は作らない。そこに喜びを感じている。

 

そんなことを大学2年の頃から本気で考え始めていたら、いよいよ心身が「じゃあもう子供を作らなくてもいいな」と順応してきたのか、アタイは勃たなくなった。

だってもうヤる必要がねぇんだもんよ、そりゃそうだよな。画面の向こうのきれいなセクシー女優を見ても「どれも内容が一緒なんだよな(そりゃAVだからな)」としか思えなくなり、女性に対しての性的な興味みたいなものは枯れ果てた。代わりに男の娘に目覚めた。

 

しかし、これも長くは続かなかった。性欲の限界効用はとっくに逓減しきっていて、もう極限的に低減している。

こうして三大欲求の一つ、性欲は消失した。

 

 

 

第二の欲求、食欲。

かつてはモリモリ食べる方だった。病んでいるのか実態は知らないが、特に何を食べてもはっきりと味が分からないので「栄養さえあれば何でもいいや」と割り切るようになった。

 

食が娯楽から作業に変わった。腹が減ったら何か食えば良い。飯なんて味付けの優劣だけで、そこまでこだわらなくても大体は塩分があれば美味く感じるんだからそれで良いと思っている。「最高に美味いものが食べたい」という欲求が消え、食えれば何でも良くなった。

 

一食のコスパを突き詰め、一口が20円以上かかるような贅沢はしなくなる。カレーさえ作れれば幸せだった。それも玉ねぎの価格高騰で購入するのが馬鹿らしくなり、現在はひたすら肉ともやし、カット野菜だけをテキトーに味付けたものを食べている。唯一コーヒーのドリップだけに関しては全身全霊で取り組んでいるが、一日に3杯も飲むと気分が悪くなってしまい、今は目覚めの一杯程度に留めるようになった。そこそこ高いコーヒーを飲むし、腕はまだ落ちていないと思っているが、やっぱり誰かと一緒に飲んだコーヒーの方が遥かに美味いのは間違いない。

 

朝食にヨーグルトとコーヒー、昼はちょっとまともに自炊をしたものを食べ、夜は大体麺類で簡潔に済ませて一日が終わる。noteにも書いたが、「天然恐怖症」なので葉物野菜の調理が出来ず、大体いつも同じ様なものを食べているが、変なインスタントや無駄に高いコンビニの飯を口にするよりかは、幾分マシだと思っている。その気になればレシピさえあれば、大概のものは作れるが、特にそこまでの熱意を持ってまでして食べたいものもないので、結局「タンパク質、炭水化物、塩分」の3つがあれば飯は不味く作るのが不可能に近いと知ってから、それで良いと思っている。

 

 

三大欲求の睡眠欲だけは克服が出来ない。大体8時間は寝ている。生産性は皆無に近いが。

寝ているのが一番幸せかもしれない。もう少し布団にお金をかけても良かったか、とは今でも思うが、金を使わずに出来る最大の娯楽は寝ることだろう。余計なノイズを一切シャットアウトし、自分だけの世界一の楽園に入り浸れる快楽。多分不幸な人というのは、ろくに寝られていないのが最大の理由だと勝手に思っている。

 

 

他人からしてみれば「貧乏人相応の価値観だな」と言いたくなるだろう。逆にここまで低コストで人生を謳歌し、「退屈すぎて自殺している」を実行していないのだから、誰か褒めてくれと主張したい。

 

友達がいなくても金が無くても「物足りないが、まぁ退屈でもない」という微妙な世界線で生きている。それで良いと思っている。

 

ヴァイトの通勤、行き帰りで小学生ながらに夜遅くまで塾通いをしている中学受験生、山手線に乗れば西日暮里で見かける開成中高の生徒達。アタイより若いのに、恐らくアタイよりも色んなことを知っている。

 

なんでそんなに頑張れるの?というのが正直なところで、先日時間があった時にネットで開成高校の進学実績を調べてみたら、東大どころかスタンフォードに受かっているのもいて驚いた。

 

同じ日本なのに、何がそこまで違うのか。同じ電車に乗っているのに、生徒たちは大して高度な会話をしているわけでもないのに、何がアタイとの差を開くのか。努力では決してたどり着けない領域。「勝てねぇな」素直におじさんはそう思ったよ。

 

常々考えているのは、こう・・・高度な会話が出来るコミュニティに参加させてもらうには、どうすれば良いかなんだ。この歳で塾とか予備校というのも、もう大学を卒業した身からすれば「まだやんの?」って感じだし、近所の公民館や図書館に行っても老人向けか児童向けの体験教室ばかりで、働き盛りの世代に対しては「お前は働いてろ」とでも言っているかのように面白そうなものが何一つない。

 

来月末で取り敢えず長きに渡るMacBookのローン(すみません、実は24回払なんです。一括で買っても値段変わらないからローンにしました、はい、学割も効いたし。)が全て返済になるので、そうしたら少しお金に余裕が出来るな、と。

 

何か月額5,000円くらいの習い事をしてみても良いのかなぁと考え始めている。

額は兎も角、今興味があるのは

ヨガ

そろばん

区の体育館で行われているスポーツ

だろうか。

 

運動がしたい。

 

ちなみに近所には生活支援センターもあるのだが、行ったら何となく負けな感じがしている。似たような仲間はいるかもしれんが。

 

レベルが低いと見做されても構わないが、自分なりには充実した日々をおくっている。

どことなくライフスタイルが隠居した老人や、ミニマリスト、もっと言えば欲望を喪失して悟りにアプローチした仙人に近づいた気もしなくもない。

 

 

ってなわけで

 

アクティブログ(活動記録)

9日以来かー。本当は毎日更新したい、このブログ。

実際お前は何をやっとんじゃい?それを徹底的に洗い出すために、アタイは去年引っ越した頃から自作のテンプレートに記録をつけ始めたのよ。現在5月になってからは、1時間単位の記録をつけるようになりましてさ。こんな記録自体は5分もあれば終わるんだよ。

 

それで何をしていたかに関しては、

今後のプランを練る

ダラダラ考え事をする

読書

 

くらいしかしていなかったのね。ああ、誠にクソだわ。

 

『ビジネスフレームワーク図鑑』というまぁまぁ使いこなせるとヴェンリなアイデアの出し方の図鑑を見ながら、今後について考えていてさ。今後どうしたいかは、ちらっと前回に書いたと思うわ。

 

長期目標は決まったのよ。そこから逆算をして段階的な目標も決まった。具体的にどうするかは今考えているところだけれど、真面目に考えていたら1日終わりそうだから週末にやるわ。

 

他にやったことは、メルカリの発送かしら。

読まなくなった本を、売れた順に読み返して発送している。「あの時は何となくしか分からなかった」感覚が、改めて読むとしっかり分かったりするのは楽しい。だけどもう手放すというのが、何か残念でね。紙の本は売れるというメリットがあっても、いざ無くなると思うと寂しいものがあるわ。

 

とりあえずお陰でちょっとはお金が入りました。

なるべく使わずに、上手く活用したいですね。方法が思いつかないけど。

 

今日は図書館の返却日でした。平日、しかも雨の日の昼間は全く人がいなくていいなぁと感じたところ。ここ、穴場だわ。

 

返却を済ませ、ヴァイトの出勤時間まで館内のインフォメーションコーナーを閲覧していたのね。近所では「世界遺産について勉強しよう」とか「ラテン語の基礎を習得する講座」といったチラシがあったのよ。一回1,000円程度で受講出来るんだから安いわよね。行かないけど。

 

それでも探してみればこのへんでも、色々やっているんだなぁと分かったので、6月中旬くらいから何か新しいことを始めてみたいと思います。近所に公園も運動施設も、図書館も生活支援センターもあるのは、案外ラッキーだったわ。そこまで想定していなかったのが実際のところよ。

 

仲間が出来るといいなあ・・・。

 

じゃ、今回はこの辺で。読んで頂きありがとうだわ。