三原氏物語

賢くて可愛くて、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの闘病記

努力をするための努力ができない

〇〇をしなければいけない。

 

雑談

土曜が祝日だったため、そして月曜がシフト上の休日のために、アタイは3連休だった。月曜の今日は全力で遊んだので、リフレッシュ出来た。心の底から楽しいと思えた。

 

遊び疲れて日付が火曜になってしまったので、今回はアクティブログを割愛する。今日の体験は、また別の日に記事として更新したい。ステキな体験だったからだ。

 

 

さあ、本題に入ろう。

前回は「目覚める度に新しい自分になるのを繰り返す」みたいな話をしたと思う。まぁそんな偉そうなことを言っておきながら、相変わらず起きるのは9時頃だったりするわけだ。

 

確かに反省はした。というか、日々の記録をつけていて寝る前も必ず5分くらいは、その日の反省を行っている。「明日のアタイはもっと頑張っているはずなんだ!」そう暗示をかけて眠りにつく。バカみたいに眠り続ける自分がいる。そして起きた頃には一日の40%近くが終わっているわけだ。

 

睡眠が悪だ!と吹聴する気はない。ただただ、自分で決めた約束事を翌日の自分が平然と裏切っている事に腹が立って仕方がないわけだ。

 

単刀直入に言う。アタイは努力家になりたいんだ。努力家と呼ばれたいわけじゃない。

 

 

受験でも就活でも、ゴールが決められているからなのか、よくマラソン等に例えられることがある。昔からアタイは兎に角順位をつけられる物事がことごとくダメだった。つまり何かで一位をとった経験がほとんど無い。

 

そんなわけで、マラソンなんていうダサくてレッドオーシャンで決められたルートを根性で駆け抜けるようなことをしなくなった。経験としては無駄ではなかったと思うが、これでも高校を卒業したら現役で大学にも進学したし(中退)障害者雇用ではあるが就活もした。そして競争は嫌いなので、再び大学に入る際には、偏差値の関係ない通信教育部に入学し、就活も周りより8年も歳が違うので勝負にならないのと、「普通に」働くことが出来ないのもあってしなかった。

 

だからマラソンという根性競技は棄権し、散歩という優劣も目的も無い平和な人生をおくることに決めたのだ。後悔はしていない。

 

しかしながら、この「散歩」をしていると、「アタイこのままでいいのかなぁ」と不安になるケースが多々ある。やはり人間である以前に、動物だからなのか。闘争本能みたいなものがインストール済みなのかもしれない。確実に勝てる競技で圧倒的な実力を発揮したいと思うようになる時がある。

 

果たして自分に最適な競技が何か、それはまだ分かっていないが、要するにアタイの人生は「散歩」をしながら勝てる競技を探していて、目星をつけた幾つかの競技に場外から乱入したがっているが、競技のルールをまだ覚えていない段階なのだ。

 

そりゃあ足が遅くても腕力があれば活躍出来るスポーツだってある。それでもサッカーではキーパー以外は手を使ったらペナルティを食らう。蹴りには自信があっても、ボクシングならばルール違反だろう。

 

上手い喩えになったかは分からないが、少なくとも毎日の自分に課したノルマというのは、人間社会で有利に働くためのルールを覚えることだったり、気になった競技に参加して圧勝するための日頃の筋トレみたいなものなのだ。

 

そんな簡単なことが普通に出来ない。常人ならばいきなり努力から始められるのかもしれない。しかし自分の場合は努力をするための努力が必要になってくる。何の疑問も持たずに平然とこなせるノルマに対して、「なんで皆普通に出来るの?」と悩む。

 

 

 

 

 

 

たかが毎日風呂に入るだとか、一日に数回歯を磨くだとか、健康的な食生活、適度な運動、こうした当たり前過ぎて機械的にこなせるノルマが既に「一応出来るけれど、果てしなくめんどい」物事に該当する。

 

今日も夕方には遊びから帰ってきて、雨が降っていて寒かったから早めに風呂に入ろうと思っていたのに椅子に座って「さあ、そろそろ風呂に行くぞ・・・行くぞ・・・」と思っていたら平然と3時間が過ぎ去っていった。

 

たかが身体を洗浄する程度の作業に過ぎない。15分もあれば終わる。

 

というのは綺麗事で、実際には風呂に入るまでには服を脱いで裸になり、肌寒い状態で給湯器からお湯が出るようになるまで浴室で数十秒待機しなければならない。まぁ確かに洗浄程度ならば15分で機械的に出来る。しかし風呂から上がれば身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かし、アタイの場合は化粧水や乳液をつけたりする。

 

入浴を例に挙げたが、恐らくこうした潜在的な果てしなく面倒な物事は、他にも多数あるのだと思う。そういうのが積み重なって「さあ、そろそろやるぞ・・・・やるぞ・・・やるぞ・・・」とか言っている内に時間が過ぎ去っていく。バンジージャンプの台で、いつまでも飛べずにモタモタしている、ああいう境遇が幾つかあるのだろう。

 

実はブログを書くのも、いつも躊躇している。ネタが尽きているわけではなく、書きたい事は山程あるにも関わらず、書き始めるのに物凄く時間がかかる。パソコンを開く時点で既に億劫だったりする。

 

でも書き始めると言葉に詰まることなく、平然とノンストップで2時間位書き続けることが可能となる。尿意を催しても書く方を優先する。これは何故だか分からない。ちなみに書き始めるまでに頭の中で文章を構築して、今回はこういうフレーズを盛り込んでみよう、そういやあの本の言葉遣いが面白かったな真似してみよう とか考えることは皆無に近い。

 

それでも書き始めるまでには躊躇している無駄な時間が存在している。すぐに取り掛かる事が出来る人というのは、それだけで才能だとすら思う。

 

アタイのSNSの更新頻度からも察して欲しいのだが、躊躇している時間は別にダラダラとTwitterばかり見ているわけでもない。頭の中では「さあ、やるぞ・・・やるぞ・・・」と思っているだけなのだ。風呂にしてもブログにしても。

 

どうも統失特有の硬直の一種なのかもしれない。最近布団から長時間動けなくなることは無くなったが、このパソコンのフリーズと似たような現象は、何か硬直に近いものを感じる。

自分の中では実行に至るまで10分くらいの感覚でいるのに、現実では3時間くらい経過しているのだ。

 

監視カメラでアタイの生活を見張っていたら「こいつ起きているのにずっと動かねぇ。何してんだろ?」って不思議に感じるだろう。果たしてこれは投薬などで対処出来る問題なのだろうか。たまたま冬で寒いから、固まっているだけなのか。じゃあ夏はすぐに風呂に入れたかと言われると、冬よりかはマシな記憶はある。

 

本当に動けなくて職場を無断欠勤するような事はまだ無いが、端的に言えば「やる気の出る薬」を出してもらわないと、このまま努力をするための努力で無駄に時間を消耗して一生が終わっちまう。

 

気づけば2月の上旬が終わっていたという事実に、アタイは大変なショックを受けた。

浦島太郎かよ。

 

じゃ、今回はこの辺で。