三原氏物語

賢くて可愛くて、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの闘病記

労働以前に人間に向いていない

7月の後半を全て棒に振った。

 

雑談

なんとか自己啓発書が読めるくらいには頭の悪さが改善してきたように感じる。この感覚は、ただの自分の主観なので読んだ本の内容について語れと言われても困る。

 

 

 

めでたく8月から職業訓練校に通うことは決定しており、今月末は立て続けに頭の病院・ハロワ・そして訓練校の予習とかをしておかないと・・・と考えるだけで疲れる。

露骨に頭の悪さを実感したのは6月の初め辺りで、そこからコツコツとJavaの勉強をしていたら状況が悪化し、

言っていることが伝わらない・相手の言うことが分からない(コミュニケーションが出来ない)、

文章を読む能力が大幅に低下して勉強も手につかなくなった、

そしてアタイみたいなクズのためにレールを敷いてくれた友人を裏切ってコミュニティから逃げ出した。

あらゆる意欲が低下し、何も手につかない状態。ノートパソコンを開くことすら億劫になり、喫煙量が増える割には全く頭が働かなくなった自分に対して益々ストレスを覚える日々。

 

休んだ方がいいよ、とブログの師匠もアドバイスをくれたが、よく考えてみればそもそも「休む」って何をすればいいんだ? こんなことを考えながら座椅子で6時間くらい過ごしていたりもした。まぁ見た目としては何もしていないのだが、頭の中は「休むってどういうことだ・・・?」だけを考えるので精一杯。

 

風邪で休む と言ったら、大人しく布団で横になり、栄養があって消化に良いものを食べたり水分補給をすることだと思うのだが、「頭が悪くなって休む」ときはどうすればいいのか分かりゃしない。勉強をするほど頭が良くなると言っていた人達はこんな状態でも勉強をするのだろうか。

 

倦怠感は毎度のことながら、一応身体は健全に近い。支障があるのは手先が震えるくらいだろうか。ただ開き直ってアクティブなことをしよう!とは微塵も思えなかった。サイクリング、プール、銭湯(サウナ),どれも面倒くさい。出かける先を考えるだけでも、いつまでも決められずに1人で勝手に混乱する。

 

気温は連日35度以上をマークし、一度だけ「夜中は28度を下回るから冷房を消して窓を開けて寝ても大丈夫だろう」と判断したら、翌朝死にかけてリアルに意識が遠のいた。貧乏人で生産性皆無のくせに冷房なんか付けて良いのかよ、っていう葛藤は未だに拭えず、日中の電気代を節約するためにどうにか近所の図書館に行ったりもしたが、どうも皆考えることは同じらしく、新聞を読みに来た年寄と、夏休みの調べ物学習に来ている小学生で埋め尽くされ、自習室も受験生と思しき生徒達で満席。肝心の冷房は全く効いておらず、席も空いていないから館内の書棚を巡回して2,3冊借りて帰ってきただけだった。

 

今は無職であるが、まともな社会人として生きている三原さんという世界線だったら、今日も朝から満員電車で都心に向かい、場合によっては外回りの営業に出ていたのかもしれない。どのくらいお金が貰えるのかは想像してもあまり意味はないが、病気になって惰性で生きている今の自分と「母親が思い描いていた全うな社会人として勤める息子」のどっちが幸せなのか分かりゃしない。

それで夏休みは1週間にも満たないわけで、かと言ってめちゃくちゃ豊かに生きられるわけでも無さそうだから、どうして皆そこまで一生懸命働けるのかというマインドをよくも悪くも植え付けられないと、一生仕事に就けないと思う。

 

おっさんのくせにアタイは図書館に行くとティーンズのコーナーもよく周る。物事を知る導入としては比較的入りやすいからだ。子供だらけのエリアでおっさんが真剣に本を探すのは少し抵抗があるが。

ただ仕事図鑑だの、やってみたい仕事、イラストレーターを目指す!、という仕事自体を知るには最適な本は多々あるのに、そもそも「なんで僕たちは働かなくちゃいけないの?」というニュアンスの本が見当たらない。偶然か?

 

変な疑問を抱きつつ、スマホを見たら1件のメールが来ていた。SaaSで顧客の課題を解決していく企業らしい。こんなポンコツのどこに目をつけたのか、「面接受けてみませんか?」という提案に対して応募をしてみた。次はもう少し気楽に挑戦してみたい。

 

深く考えても大したアイデアが出ないので、内心では月平均20時間の残業時間、残業代込で月収30万ってどうなんだ?と疑心暗鬼になりながら、半ば「もうどうにでもなれ!」という気持ちだった。

 

もっと言えばこの求人だって幾ら読解力があって熟読したところで、肝心の仕事がいまいちイメージ出来ない。学生のバイトの採用とは訳が違うんだぞ。

2,3回面接やりまーすとは書いてあった。仮に何もかもが上手く行き、人事に気に入られて目出度く内定!さあどんな仕事を任されるんだろう!とウキウキで行ってみたら、どいつもこいつも目に生気が宿っていなくて挨拶をしても舌打ちで返される。冗談が一切通用しない厳格な割には責任が重く、給料は安い。そして毎度のパターンで勤めて3ヶ月もした頃から女性陣、または御局に嫌われて居心地が悪くなって突然逃げ出すのまでは想像が出来た。

 

幾ら仕事紹介だろうが、転職となると職場見学すら出来ないもんなのか。それともアタイがその方法を知らないだけか。どんな会社なのか文面と、せいぜい分かる奴が決算書を見て会社の経営状態が読み取れるくらいで、肝心の働いてみたら日本の法律が適用されない世界でした、三原くんはうつ状態が悪化して二度と社会復帰が出来なくなってしまいました。じゃあシャレにならんだろ。

 

それなのに人事から「なぜ御社を志願したのですか?」とか訊かれても、マジで言葉に困る。本音で言えば皆Googleみたいなオフィスで働きたいに決まってんだろ。今回の件に関しては、「職場に喫煙所があるからです」くらいしか魅力ねぇよ。企業の公式サイトもやたらと横文字ばかり使いやがって。一体誰に向かって説明してんの?

 

 

 

ともかく、何とか自己啓発書が読めるくらいにはなったが、まだ頭は悪い。ようやく昨日くらいから少しだけ動けるようになってきたものの、随分と多くのものを失った。

 

 

雑談2

夢はまだあるのか?

これ言われるとホントに困るんだが、夢があってそれに向かって頑張れるかどうかって結局のところ欲望があるかで決まってくると思うんですよ。

 

金持ちになりたい、異性にモテたい、美味いものをいつも食べたい、あれが欲しい、有名になりたい・・・

 

自分にはそういうのがほとんど無いから悩むわけだ。強いて言えばビジョンとして「賢くて可愛い、誰もが憧れる無敵の障害者」になることが挙げられるけれど、具体性には欠けている。

 

生きていけるだけの金があればいい、モテたいと思わない、月に1回ラーメンでも食べに行ければ十分、・・・新しいパソコンが欲しいのかなぁ・・・?、有名にはなりたくないが電子書籍くらいは出してみたいかな

 

そんなもんである。

 

コンプレックスとしては頭の悪さがあるけれど、容姿的には白髪が多いのと肌が汚いくらいで、別にお金をかけてキレイにしようと思うほどでもない。ハングリー精神に欠けるというか、夢がない。

 

失業してそろそろ5ヶ月が経とうとして、労働意欲も消沈したままここまで来てしまった。職業訓練校には受かり、来月から通うものの正直ついていけるのか自信もなく、どうにか訓練が修了しても仕事に就けるか、またその仕事が続くのかは・・・上手く行く気がしない。一応訓練校に通う前提条件として「就労の意欲がある」のが求められている。提出した書類の選考でそれは突破したが、常々感じるのは「本当に働きたいと思っているのか」に尽きる。

 

なんだろうな、社会に出ると人様に迷惑がかかるから、なるべく引きこもっていたいのが本音だ。だから国や周りの人に文句を言わず、なるべく贅沢もせず細々とひっそりと生きていくのが丁度いい。

 

だいぶ前に自分の野望として「時給70円を稼ぎ出す夢の自販機を作り出す」って豪語していたのを覚えているだろうか。

あの当時は週3のパートで働いていたから、それに加えて¥70/h が実現すれば、もっと自分の可能性は広がる!と妄想していた。

 

今の自分は無職。言うまでもなく月収 ¥0だ。(失業保険で食いつないでいる)

それでも¥300/h が実現すれば、月収にして20万くらいにはなる。

 

最低賃金が最近少し上がってSNSは騒いでいるが、自動で1時間に300円入ってくる生活が実現するだけで人並みの生活が出来ることにはなる。しかしながら、あれだけ「社会人の夏休み」だの、週3勤務、そして現在無職で1日中暇になって時間が腐るほどあるにも関わらず、何も成し遂げていないわけだ。

 

せいぜいブログの記事を1本かけば10円程度の収益が入ってくるだけである。

 

今回は「無能のくせに随分と労働観を語るなぁ」という内容になっているが、根本的にこの世界の労働に対する考え方と、自分の捉え方が一生噛み合いそうにないのを知ってもらいたい。別にこれを話したところで仕事に就けるわけじゃないけどさ。

 

 

よくあるポジショニングの考え方。働くうえで横軸が「楽かキツいか」、縦軸が「高収入か低賃金か」まぁ儲かる/儲からない で考えてもいい。

 

さて、あなたはこの4象限の中でどこに位置していますか、そして本来ならばどこに位置するのが最も美味しいですかという話だ。軸に敢えて目盛りを付けなかったのは、それぞれの人の価値基準に寄るからだ。具体的な職業を出すと失礼に当たると思ったので、抽象的な説明に留める。

 

考えるまでもなく、最も美味しいのは蛍光色の領域である。楽して儲かる仕事だ。最悪なのは黒塗りの部分、つまりキツくて給料安い。一般的には「ブラック企業」とか言うのかしら。

 

何が困るって世の中の多くの仕事が黒塗りの部分に位置していることなんだよ。多くの人が安い給料で、キツイ仕事をして頑張っている。ちなみに誰もが憧れる「楽して儲かる仕事」の話はまず現れない。いや、そういう話を持ってくる奴がいたら詐欺を疑うべきだ。

 

その次に「キツイけれど儲かる仕事」を考えてみる。多くは若さや体力が要求されると思う。若い内に一気に稼ぐけれど、持続が出来ない。体力が衰えたら・・・・、身体やメンタルを壊したら・・・ もう出来なくなる仕事だ。なのでこのポジションは△とした。

 

最後に楽だけれど低賃金の領域。黒塗りの部分から抜け出せる希望でもある。世の中のほとんどの仕事が黒塗りの部分だからこそ、この○の領域の仕事は見つけ出すのが難しい。それでも定時で帰れたり、アホみたいに暇な仕事内容でスマホをいじっていても許されたりする。給料は安いから贅沢は出来ないが、かなりゆとりのある生活が出来る。ちゃんと毎日8時間寝ることが出来る。

しかしながら、大きな副作用として一度このポジションの仕事に就いてしまうと、退職して次の仕事を見つける際に、他のポジションに行くのはかなり抵抗が生じるようになる。

 

ただし、黒塗りの部分の仕事は幸福度は案外高いらしい。限界に追い込まれることで脳が幸福ホルモンを分泌してしまうという説だったが、個人的にはあまり信憑性がない。それでも黒塗りの部分からならば、他のどのポジションに行っても「前の仕事よりかはマシだ・・・」と思えるようにはなれると考える。

 

事情がどうであれ、一度身体やメンタルをぶっ壊してしまうと、残された労働の選択は○の領域しか存在しない。あらゆる贅沢が出来ない代わりに、なんとか働き続けて生きていける程度のお金が貰えるだけの人生だ。

 

自分の経験に照らして言えば、とっくにメンタルはぶっ壊れているのに事務員(○)➔カフェバイト(ブラック)➔ドラッグストア(○➔△)な具合になる。このドラッグストアのポジションが変わったのは、途中で勤務地が変わったのが理由である。

 

 

 

これから働く自分が「給料安くて良いので週4勤務にしてください」なんて伝えたら、どこも雇ってくれないだろう。というか、真っ当に働いても「割のいいバイト」の賃金と大差が無いのがどう考えても納得出来ないのだ。

社員がバイトをこき使う、面倒なことは全部バイトにやらせる、自分は現場を上手く周るように適宜指示を出せばあとは自由にサボっても良い。そんな具合ならば「給料は安いけれど社員で良かったなぁ」と感じるかもしれないが(それも酷いけど)実際の経験上、社員が最も現場で酷使されているようにアタイの目には写った。

 

こういう有り様を見てくると、社員のメリットって何があるのかをとても考えさせられる。ボーナスが出る、退職金が貰える、それくらいしか無くないか。大体子持ちの時短社員が早朝から週5で働くのと、アタイが週3で昼過ぎから深夜まで働くので手取りが全く変わらないんだもの。

 

なんだかんだ「やっぱ社員っていいよなぁ・・・あんな風になりてぇよ・・・」とはどう考えてもそうは見えなくて、一度店長から「どうして三原くんは週3日しか働かないの?」と訊かれた時に「そこまで稼ぐ必要がないからです」と答えて、理解に困らせたことがある。

 

 

自分が若いとは思っていないが、今の若い人達もそこまでお金が欲しいとは思っていないような気はしている。よく経済評論家みたいな肩書の人とかが「十分な報酬が無いから人手不足なんだ!」と力説する。それも一理あるが、どうせ稼いでもお金を使う時が無いんだから稼いでもあまり意味がない。頑張って働いても給料は芳しくない。それだったら休みを増やして欲しいというのが内なる欲求にあるように思える。

 

 

 

大分話を戻すが、今回新たに企業との面接の確約段階まで来たが、20時間残業して手取りが30万という世界に何も魅力を感じていない。9〜18時まで働き、おおよそ毎日1時間くらいの残業があると思えばいいのだろうか。これで求人票に「QOLの満足度高い!」とか書いてあっても??となるわけだ。

 

それでも雇ってもらえたら一生懸命働くが、立場が逆である。普通は、一生懸命働きます!どうか雇ってください、お願いします!が先で、企業側がどうするか採用を選ぶ立場だ。

 

10年後くらいの世界だったら、よっぽどの大企業以外は企業側が新卒に対して「お願いします、是非弊社で働いてもらえませんか?!」となるのかもしれないが、その頃には世間がどんなに人手不足だろうとアタイはもう必要とされないだろう。

 

あるいは移民が増えすぎて「日本人ならば尚可」とか書くのかもしれない。個人的には日本語も外国語も話せる移民の方が役に立つと思うが。

 

 

 

 

土曜に半日で学校が終わり、放課後から江の島に行こうぜー!という青春があったのをふと思い出した。きったねービーチでバレーボールとかして、めっちゃ日焼けまでした。

 

会社だってたまには「今日はやることないから仕事は14時で切り上げて皆でボーリングでも行こうぜ!」みたいなノリがあればいいのに。そんなこと言っているから未だに大人子供なのかな。結局プレミアムフライデー(死語)も、月末の金曜は経理が一ヶ月の〆に追われて、とてもじゃないが早く帰ろう!にはならず浸透しなかったとか言うオチらしく。

 

まだマインドが学生のままなのかよ、そう言われたら返す言葉が無い。でも天気が良い平日のお出かけ日和に出勤する残念なあの気持ち、皆持ち合わせていないのかなぁ。都心へ向かう電車の中のサラリーマンで幸福度が高そうな人を見つけるのは大変難しい。社会人になるとそうなっちまうのか。面白い大人って極端に少ないよね。

 

まぁこれから働くのであれば、今までに書いた自分の意見を全て撤回し、例え気温が35度を超えていようが、どんなに体調が悪かろうが、満員電車で気分を悪くしても遅刻もせずミスもせず、おかしいと思うことにも歯向かわずに同調し、何度も頭を下げ、円滑なコミュニケーションをとって周りと上手くやっていく必要があるんだろうな。

 

「もうお前来なくていいよ」と言われたら、文字通り来なくなる奴である。

 

どうして皆プロ意識を持って働けるのだろうか。やりがいを感じているから?

接客で一生懸命働いているのに笑顔になれって無理だろ。こっちは真剣なんだから

どんな人生を歩めば自己肯定感が生まれるんだよ?周りより努力してようやく人並みなのに、もっと頑張れとかやる気ないねとか軽々しく言ってくれるな

 

全く社会の役に立てる気がしねぇ。

挫けても何度も立ち上がる、不死鳥みたいな尊さはそこには見られない。ゾンビだ。死んでいるのか生きているのかも分からないけれど、嫌でも立ち上がる。足取りは頼りない。無様で醜く気持ち悪い。普通の人間になりたかった。

 

 

だけどそんなにおかしな事を言っているか?

自分は人間になりたかった。でも周りの営みは主体的に人間からゾンビへと変わりゆく生き様を「仕方ないよね、だけど今はまだ大丈夫」と、割り切って無理をしているようにしか見えない。

 

やるべきことはやるが、残念ながら自分はもう人間側には行けない。そして人間がこちら側に来ないように願うことしか出来ない。人間の眩しさがダメージとして効いてくる。やめてくれ、共存は無理なんだ。腐ったミカンは取り除かなければいけないんだ。近寄るな、頭の悪さが伝染るぞ!

 

 

振り返れば高校生の頃からイトーヨーカドーの布団売り場でバイトをしていたにも関わらず、30代になっても接客が下手だと指摘を受け、かと言って他の仕事も出来そうにない存在になってしまったのだろうか。

 

というか、人が折角やる気を出して声出しとかしてるのに「あいつおかしいよね」みたいなことを裏で言われて、それでもモチベーションが維持出来る方が理解に苦しむ。ガキの頃から通信簿には「協調性や社交性に欠ける」と指摘され続け、親の圧力に萎縮して自分の意見を一切言えなくなった過去を引きずって今に至る。

 

ライフステージが変わる度に人間関係がリセットされ、結婚式や同窓会に呼ばれたことすらない。多分facebookを見れば、誰かが同窓会なんかの投稿をしているのだろうけれど、どんなホラー映像よりも恐怖で見たくもない。

 

そして現在の無職期間で労働について考えていると、頭の悪さやコミュニケーション能力の著しい低さが顕になって(それまで自覚が全くなかった)絶望している。求人を見れば「コミュニケーション能力が高い人」が応募の大前提となっており、面接という場を乗り越えない限り就職は出来そうにない。

 

昔から喋らない方だった。二十歳頃に統失を患って支離滅裂な言語障害が現れてから、どう頑張っても意図が伝えられなくなり、より一層喋りたくなくなった。

14年も統失をやってきて、なんか良くわからない薬を飲み続けることで話すのに抵抗は大分無くなってきたが、今でも突然の質問に対応出来なくて混乱するのは改善していない。

 

そうなると誰にも迷惑をかけず、なるべく会話もしないで生きていく方法は、ひっそりと自営業をするくらいしか思い浮かばない。あなたは意欲に乏しいですね、ってそういう育ち方と病気、薬の副作用や「君おかしいよ」といった指摘などの要因が重なればやる気も出なくなるし、死にたくもなるだろう。

 

好きで変人をやっていたり、ひねくれているわけじゃないんだよ。まともや普通が何なのか理解出来ないまま生きていたら、常人との間に大きな溝が出来ただけだ。

第一、多様性を認めようというスローガンを掲げている企業が「求める人物像は〜」と書くのはおかしいだろ。カードゲームでデッキを組むのに完全にランダムで40枚集めたカードで戦うバカがどこにいるんだよ。プレイヤーは個々に「こういう方向性で固めていきたいな」という理念があって、似たような性質のカードを選ぶだろ。そういうもんだろ。

 

 

かなり話が長くなってしまったが、この辺で終わる。