三原氏物語

賢くて可愛くて、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの闘病記

能力貧者の生きる術は「今出来ること」に全力でしがみつくだけ。

これからのビジョンでも書いてみようか。

 

雑談

将来何がしたい。3ヶ月もの間、これについてずっと考えていたのよ。アタイは現在31歳。大体仕事を探すならば職に就ける期限としては35歳までが期限といったところでしょうかね。

今のところは特に就職して安泰な暮らしをしたい願望は無いんだけどさ。。。

 

だって週に20時間の労働、しかも定時で終わるし業務内容はほとんど店番というかただ突っ立っているだけなんですもの。楽。圧倒的に楽。それで月収10万前後貰えて、贅沢は出来ないものの有り余る時間を好きに使えるのならば、どう考えたって正社員で手取りが16万の週40時間勤務よりも現状の方を選ぶでしょう。

 

20時間労働。これでも案外年金というのは会社から引かれるみたいなのよね。あまりジジイになるまで生きていられる自信ないんだけれど、生きてりゃ取り敢えずは貰えますよと。どうせジジイになっても働くことには変わりないのにさ。

 

言ってみれば現在のこの生き様自体が老後の生活とほぼ同じ水準だとすら言い切って良いと思う。今後所得が増える見込みもなさそうだし、ずっと月収10万で生きていくのかなぁと。

 

残業は別として、普通の人は一日8時間労働を週に5日こなす事で生きている。つまり週に40時間は働いているってことは、アタイもその気になれば理論上は今の2倍は働ける余裕があることになるよね。ところが今の二倍の時間を働くために就活なりして、週40時間勤務になっても別に月収は2倍になるわけじゃないのよね。ボーナスというものがあるらしいけれど、そんなのアテになるのかしら?

 

 

 

アタイには皆よりも20時間、自由な時間があると考えた上で「じゃあ普通の人は20時間も好きに使える時間があるならば、何をするんだろう?」ってちょっと思考を巡らせるわけですよ。

 

ほとんど丸一日分の自由時間が与えられたら、あなたは何をしますか?って。

 

国民の祝日だったら「まぁ一日中寝ているか、出かけるかくらいはするかなぁ」ってのが一般的だろうけれど、アタイの場合は毎週丸一日分暇があるんだけれど、そんな自由が与えられていてもすることが決まっていなくて困っている というテーゼなんですな。

 

やりたいことは見つからないが、現状よりも月収+6万はコンスタントに稼げるようになりたいな という目標みたいなものはある。一番手っ取り早いのが別の仕事を見つけて兼業することでしょう。

暇な20時間を時給1000円の労働に換算すれば、月に2万円の稼ぎにはなる。うーん、豊かなのか??

 

上にも書いたように、週に40時間働いても手取りが今よりも1.6倍くらいしか変わらんのだったら生活レベルはこのままでいいや、と思うしいつも栄養が欠けているような生活をしていても6万あったところで別に食べるレシピとしては食材が良くなるだけで、食べているものに変わりはないと気づいた。

 

日課としては本を読んで賢くなった気になり、それがベースになっているのかは不明だがブログなりTwitterに発信することで自己満足を形成していくだけの事。

 

なんせ3ヶ月間も「毎週20時間分の自由時間」を与えられておきながら、結局のところやりたいことも何も見つからないで時が過ぎていったのだから、多分このまま漠然と「やりたいこと」を探し続けていたらそれこそ「人生とは、生きる意味とは何か」まで考えるようになって終いには何もかもを放り出してドヤ街に向かい「アタイとこの人は何が違うのだろうか」なんて意味のない比較をするかもしれない。

 

現状としては「食費にお金がかかるわねー」ってのと、「欲しいものは月に一個買えるかどうかだよねー」という点でちょっと苦労しているくらいで、それ以外の事に関してはほとんど不自由はしていないのよ。

 

暇ではあるけれど、一応仕事と卒論というノルマはある。お金は無くても近所に大きな図書館があるから、そこに行けば半日は時間が潰せる。(滞在時間は感染防止のために2時間以内と制限されているが)

 

ただ、引っ越して3ヶ月が経った今になって思うのは「何か行動を起こす為にはメンタルに余裕がないと実現が不可能」という事だった。

然程ストレスもなく、自由な時間も手に入ったことでメンタルは安定しているが根底には「毎月10万円以内で生活している」という心細さがあり、詰まるところ本当に何かを実行するには莫大な安心感がないと自分は動けないんだと気づいたのよ。

 

あーだこーだ考えて一年の4分の1を浪費してしまった反省を踏まえて、もうやりたいことを探すのは無駄だと結論付けて、せめて出来ることをやっていくか増やすしか人生でやるべきことはないんじゃないかと判断し、それならばもうこの生き様を現在進行系で記録していった方がまだ自分のためになるんじゃないかなぁと納得したところで、昨日の深夜からひっそりと三原氏物語は第二部として新章を開始したわけですよ。

 

 

 

ってなわけで

 

アクティブログ(活動記録)

やりたいこと→なーんにもない

資格→実用的なものは皆無

できること→長文を書く、読書

 

と来れば、もうあとはひたすら書くことに専念するだけよ。

美味い珈琲と静かな環境。それが手に入ったなら後はもう何も望みません、と言い切れるくらいに満たされている。(本当は月収があと6万あれば心強いけど)

 

さて、自己分析というものがありましてな。

あなたは〇〇タイプ。これが向いている!これが得意! っていうあれよ。

その時の気分によって結果は異なるし、もっと言えば回答項目の熟読によっては出てくる結果がどのタイプになるかを決められるとすら思っている。

 

ただし個人的には共通事項として出てきた結果の内容は、社交的ではなく1人で創造力を発揮する仕事の方が向いている とどこも言っている。

 

じゃあそういう仕事に何があるの?と調べてみると、やっぱりクリエイターみたいな仕事が多い。なるのは大変だし、市場で評価されるのも大変な世界よ。

 

ちゃんとブログを更新していた時期には、ブログランキングで何かのカテゴリーが上位に来ることはあったものの、このブログは自分の体験を楽しそうに書いているだけなので、独創的かもしれないけれど創造的ではないと思っているわけ。

 

所詮はブログ、しかも特に役立つ内容は記載していないただの日記に近い。先程長文が書けるとは言ったけれど、厳密には詳細に日記が書ける と言った方が正しい気がするんだ。

 

芸能人のブログでもあるめぇ、このブログはやっぱり趣味の一環で仕事にはなり得ないなとは思う。

企業理念は言い過ぎだが、一応このブログにも方向性はあってそれは「誰もが憧れる無敵の障害者」を目指すことなんだよね。

 

喜んで良いのか分からんが、引っ越して晴れて新しい障害者手帳も更新された事で改めて公認の障害者として認定され、心機一転がんばろー みたいなノリに入り浸っているんだけれどさ。その無敵の障害者が仕事っぽくキチンと机に向かって文章を書いていれば、確かに自己分析としては「あなたに最適なお仕事」を装うことはできても、残念ながら収益にはならない。というか、ブログで収益を求めると絶対に挫折する。

 

 

 

今は大変便利なことにプログラミングも、まるでゲームのチュートリアルのように学べる機会が溢れている。果たしてそれで自分の作りたいアプリなり作れるのならば時間はかかっても習得したいし、クリエイティブな感じもするけれどアタイの場合はゲームのチュートリアルで挫折するくらいの音痴だし、実はそういう学習もかじってみたことはあってもやっぱりどこかで躓いて挫折するんだ。

 

こうして色々と手を出してみて最終的には、文章を書くのは得意でも、別に文章が上手いわけではないですよ。という中途半端な人間が出来上がる。

 

そのくせにやたらとこだわりは強い方で、例えばカフェでヴァイトしていた時もお客の気分を伺ってドリンクのレシピの規定量を守らずに提供することは結構あった。どこまでも職人気質。

 

そんな感じで「独創的ですよ」と言われても、じゃあどうすればそういうのを受け入れてくれるんですか?って疑問に思った時に自分なんかを雇ってくれるクリエイティブ集団なんかまず現れない事実に直面する。

 

だったら自分で都合の良いフィールドを用意して好き勝手な事を書いていた方がマシであり、自己分析をしても「こういうタイプに当てはまりますよ」とは分かっても三原は三原であることに変わりは無い。

 

もっと言えば自由に何かを作ることには向いているのかもしれないが、そもそも仕事をすること自体が自分には向いていないんじゃないかとさえ思っている。

 

好きを、得意を仕事にするというのは、書店で平積みされている本が散々10年くらい前から謳い続けているけれど、成功事例を見ただけでも到底アタイじゃ叶わねぇような集中力を発揮して成果を上げている様なものばかりなので、結局「現状の自分に出来そうなこと」の中から「まだ興味が持てるもの」を選ぶしかないんじゃないかとすら確信している。

 

この様な思考過程を経て、最近自分の中での愛読書である独学大全から「グレー時間クレンジング」という項目を抽出して、これだけ時間があれば何が出来るかに頭を使っていたのが、ここ最近の近況でして。

 

うん、ブログならば幾らでも書いていられるなぁと。面白いとか役に立つという評価はさておき、これならば自分にも出来るし時間を忘れて没頭出来る。まぁ向いている仕事・・・とまではいかないけれど、趣味とは言えそうだと分かった。

 

あとはこの空白の3ヶ月間、唯一毎日続けたのが一言日記だった。エクセルでカレンダーのようなテンプレートを作り、それをipadのノートアプリで開いた上で手書きで「この日は何をした」と一言だけ書いていく。

なるべく成長を心がけるために日々の営みがPDCAサイクルになるかのように意識をしてみたが、これは特に効果がなかった。多分成長するのに労力が要求されるからなのだと思う。

 

四六時中こんなことばかり考えているのは楽しい反面、時間の浪費と等しく、だからこそこうした空想を文章なり何かの伝達媒体として形にすることが、せめてもの有意義な時間の過ごし方になるんだろうと納得したところで今回の話は終わろう。

 

これからのビジョンとしては、三原氏物語を書きながら成長を実感していくことを心がける。

と言ったところでしょうかね。

 

じゃ、今回はこの辺で!٩( ᐛ )و

 

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