三原氏物語

有り余る時間と珈琲で、誰もが憧れる無敵の障害者を目指すアラサーの妄想日記

SNSばかりやっていないで目の前のことに意識を向けろよ、という話

地味なこだわり。

 

雑談

アタイにはこだわりがある。徹底しているわけではないが。

 

色々と書きたいことが出てくるテーマではあるが、今回はSNSだけの範囲に留めておこう。

 

前にもタイトルとして「他人の幸せがアタイを不幸にさせる」みたいなことは書いたと思う。記憶にあるかしら?

あれは一種のハラスメントに近い。嫌ならばフォローをはずせ、ブロックをしろ。どっかのイラツイた態度を取った書き込みをみて、それもそうだなと実行している。

 

インスタグラムなんかが特にディープな嫌悪感をもたらす。深い不快だ。

健康観察でもないのに、いちいち飯の画像を投稿する。カフェのラテアートならば、まだ分かる。たまにカフェに行ってコーヒーを飲んでいるアタイからすると、撮影したならさっさと飲めよとぶん殴りたくなる。どうも食事やお茶が撮って、投稿してから口をつける流れになっている様に感じられる。出来たてが一番美味いに決まっているだろ。そしてコーヒーは淹れたてから冷めていく段階に従って味が変化するのを楽しむべきだ。そうでなきゃ別にスペシャルティコーヒーなんか飲まなくていいよ。

 

先日原宿のカフェでコーヒーを飲んでいたときのこと。女子二人組が隣のテーブルにやってきた。ワッフルのメニューを見て、これ美味しそー、どれにしようかな~ と言っているのを「若いっていいな」と思いながら、アタイはブログを書いていた。案外決断は早い方で、30秒後には店員に注文していた。

 

ワッフルは焼いているのか、盛り付けに時間がかかるのかは知らんが、6分くらいは待っていたと思う。「また、まん防らしいよー」「でも何も変わらないよねー」とか話しているが、視線はお互い個々のスマホの画面から離れない。

折角、友達と遊びに来ているのにどうしていつでも見られるスマホを凝視しているのだろうか。カフェはコーヒーを提供するだけの場ではない。インテリアも含めた空間を提供しているのだ。ただスマホを見ながら、会話だけはオフラインというか対面。電話でいいじゃねぇかよ。何しに来てんだこいつら。

 

そう思っていたら、美味そうなワッフルが運ばれてきた。「きゃー、美味しそう!」

うん、実際に美味そうだった。だが、それをアタイが食べるには後1時間どっかでヴァイトをしないと食えない計算なんだ。こっちはコーヒー1杯で2時間粘っている。

 

アタイは見聞色の覇気が使えないが、女子達の次の行動は容易に分かる。そう、撮影。ワッフルを色んな角度から。或いは、ワッフルと自分、又は友達同士で。そうやっているうちに、提供されたワッフルはどんどん冷めていく。

次の感想が「このクリームが美味いね!」って、感動するポイントはそこなのか。

 

んー、美味しい!!

やばっ!めっちゃ美味しい!

 

語彙はそれしかないのかと呆れそうになりつつも、アタイは冷めたコーヒーをすすっていた。

 

まぁこんな事出来るのも、若いうちだけだよな。なんて思ったりしていたのもつかの間、「そろそろ行こっか」とか言い出す。まだワッフルに手を付けて4分くらいしか経っていないぞ。もう食べ終えたのか??

 

一瞬だけ、チラッと脇目で見たら70%残した状態で、既にコートを着始めて出る準備をしている。残すのならばアタイにくれよ。心底そう思った。

 

一体何がしたかったんだ??

ワッフルを食べに原宿に来たのじゃないのか?

太るのが心配だから、敢えて残したのか?

 

え?もしかして、写真を撮るためだけに入店した?

 

疑問しか湧いてこない。こんな贅沢なことがあり得るのかと。出されたものは全部食う。それがかつて高校時代に老師から教わった戒めだった。せいぜい残していいのは、飾りなのかどうかも分からないパセリだけだと思っていた。

 

年齢的には大学生だろうか。どんなヴァイトをしているのか、もしかしてアタイより相当お金に余裕があるのか。実情は知らんが、入店した目的は一切読み取れなかった。まさに「何しに来たんだコイツら?」だった。

 

アタイが一人暮らしをしなければ、今の家賃分くらいは平然とお金に余裕が生まれる。たかが一杯のコーヒーを飲むためだけに財布の中身と相談する必要もなくなるだろう。

自分が貧乏過ぎるから、こういうのが癪に触るのだろうか。果たしてあのワッフルの画像に対してどのくらいの「いいね!」が付くのかは不明だが、それが彼女の青春の1ページになるのか。

 

前にネットニュースで、まだタピオカが全盛期だった頃の渋谷では、飲んでいる自分の写真を撮ったらあとは其の辺に中身がある状態で捨てていた というのを読んだ記憶があるが、そういう類の奴だったのだろうか。

 

あのワッフルはアタイにとってはご馳走だった。でも、彼女達からすれば単なる「写真を飾るための道具の一つ」に過ぎなかったのかもしれない。

 

実際にあったことを例として挙げてみたが、アタイがデイケア時代にイヤイヤながら付き合っていた女子も、食事の大半を残すタイプだった。どうして自分の胃袋の限界が分からないのか。なぜ残す?食えないなら食えないと最初から言え。もう20歳を過ぎているのだぞ。

 

ちなみにソイツと付き合っていたのを思い出したのは、10年ぶりだろうか。もっと言えばアタイがデイケアに通っていた事すら忘れていた。同時に、食事代は全部俺が払っていたのを思い出した。

 

こうしたことからも、食事の時に「いただきます、ごちそうさまでした」が言えない奴と、飯を残す奴は大嫌いなんだ。写真を撮るのはかろうじて許せるが(アタイも撮ることあるし)スマホをいじりながら飯を食うのは論外だ。

 

それだけの理由で、いや、そんなことも出来ない奴の方が割と多いからこそ、もう恋愛なんかしたいと思わないのである。食事に対して「いただきます」を言う、残さずに食べる。それだけ出来れば相手がブスだろうと、アタイが全額払おうと何も文句は言わない。

 

君と一緒に食事を楽しみたいんだ。というそれだけのコンテクストを理解出来ず、ただ写真を撮ってずっと視線はスマホの中。アタイとスマホの両方に注意を払うことが出来ないから会話も続かない、それなのにアタイがお金を出す。

それが一番イヤなわけだよ。

 

Z世代どころか、案外昭和生まれの奴でもたまにいるから困る。

 

そして他人の投稿した飯の画像に対して、毎度毎度この様な気持ちが一瞬で溢れ出すため、インスタでは成り行きでつながった友達のフォローは全部はずした。

 

 

まずSNSでリアルな友達とつながるという、あの感覚が最悪に近い。プロフィール写真に恋人と映るな。自分の幼少期の画像ならば兎も角、自分の子供を自身のアカウントのプロフ画像に設定すんな。意味がわからねぇ。

 

このつまらない設定はLINEで多く見られる。ノリで連絡先を交換したあと、振り返って見てみると「お前誰だっけ?」となることがしょっちゅうだ。一発でコイツだと判断出来るアイコンにしろ。自撮りは許す。

 

LINEに関しては、こちらから連絡をしたいと思う相手以外は全て非表示にしている。突然電話をかけてくる馬鹿は、親以外は全部即座にブロックしている。唯一友人と連絡が取れる手段は、LINEのみで充分だ。そんなことにこだわっていたら、リアルに友達は3人くらいにまで減った。

 

Twitterに関しても、Twitterで知り合った友人以外の、リアルな友人とはほぼ繋がっていない。いいね!を押すのが面倒だからだ。

そもそも呟くことがほとんど無い。初期の頃の「トイレなう」みたいな発言、まさに不毛とも言えるつぶやき、それこそがTwitterの本来の姿だと思っていたが、いつの間にか共感を産む発言を求められるような感覚が問われているような気分になり、発言を自重するようになった。

今の発言の大半がbotによる過去記事のツイートばかりで、アタイ自身はつぶやきは愚か、そもそもTwitterを開く頻度が1日に2回10分程度である。

 

 

そう、どことなく昔流行った2ちゃんまとめブログの様な雰囲気になってきた。これだけフォローする対象を吟味していてもだ。

そして、140文字の制限は簡潔に伝えるのには向いているが、慣れすぎると長文が読めなくなる。個人差はあるのだろうけれど、10年前のアタイはまとめブログの読みすぎで、文章が理解出来なくなった時期があるのだ。

 

逆に今は図書館とKindleを活用しすぎて、長文が得意で短文が苦手となりつつある。両方使いこなせれば、それが理想なのかもしれないが。どうも潜在的に、ネットを多用すると頭が悪くなるっていう印象が今でもどこかにあるんだよなぁ。

 

あとはSNSと話が逸れるが、顔文字や絵文字をアタイは極力避けている。

唯一酷使するのが、

 

٩( ᐛ )و

 

だけで、💗や🥺なんて見ているだけで気持ち悪くなる。というか、多用していると馬鹿っぽい文章に見えるから嫌いなんだ。🤯😱

 

それと慣れれば別かもしれないが、いちいち今の自分の気持ちを代替する絵文字を探し出して当てはめるのが面倒なのもある。

時代についていけないおっさんみたいな戯言かもしれないが、何か特定のワードが出てこない時に用いるならばまだしも、前の飲食バイトの業務連絡がそうだったように、絵文字を添付したメッセージを見ると真剣さが伝わらないんですよ。

 

あまり重要じゃないのかな、とか思わないのかな。

🌊←これとかいつ使うんだよ?!

 

まぁ絵文字はふざけているように感じるから、極力避けている。

顔文字に関しては、変換して選ぶのがあまり機能的でないから ٩( ᐛ )و 以外はほぼ使っていない。٩( ᐛ )وは何となく可愛いし、元気があり、テンションが高そうに見えるから好んで使っている。それ以上の理由はない。

 

 

 

ってなわけで

アクティブログ(活動記録)

日時はもう2022/01/24をまわったところ。

次の金曜に卒論の面接があって、それが終わればもうノルマはほとんど無くなるのね。

 

大学卒業と言っても、感覚としては小学校を卒業する時よりもさっぱりしているわ。5年も在籍しているのにね。近頃やたらと20年以上前の記憶を思い出すことが多く、ここ10年くらいのことはほとんど忘れていたわ。

 

前の大学を辞めてから14年が経って、それが形を変えて通信制でようやく卒業となったのかしら。次の進路が何も決まっていないからなのか、全然実感がなくてな。「あ、アタイ卒業するんだ、ふーん」みたいな。

 

変わらず自分はヴァイトを続けていて、図書館と銭湯を往復するだけで30代が終わっていくのでしょうか。それもなぁ。

 

昨日やったことは、先日ノリで5冊くらい借りてきた本を3冊ほど一気読みした。国語力が大事だよ と謳う本、職業図鑑、自己啓発モノ。

 

この職業図鑑というのが実に微妙でして。あらゆる日本の職業を網羅しているのに、何一つやってみたい!٩( ᐛ )و と思える仕事がなかったわけよ。

 

資格を取れば出来る仕事ってのが、割と給料は高い傾向にはあるけれど別に楽なわけじゃないし。

 

アタイが理想とするのは、楽で稼げない仕事よ。

この図鑑、ちゃんと収入まで明記してあるんだけれど、見ている限りだとどれも「辛くて稼げない仕事」にしか映らないのよね。40代でも月収30万行かない仕事とか、ヴァイトでいいじゃんって思いたくなるわよほんとに。

 

表紙的に、職業を擬人化することで「この仕事、こんなにカッケェんだぜ・・・!!」ってのを紹介してくれるのかと思いきや、プロボクサーの項目なんか「引退後は飲食や接客のアルバイトで食いつなぐ例が多い」みたいなことが書いてあって、泣きたくなってくるよ。

 

とりあえず職業と、それっぽいキャラのイラストが書いてあって、仕事内容とどうやったら成れるかが簡潔に説明されていて、で、月収を見ると「・・・こんなもんか」ってなってくるのよ。

 

なんだろうね、この国ってやりがいだけで辛うじて成り立っているんじゃないの?

 

まぁこの中で強いて成りたい職業を一個挙げるならば、「プロブロガー」なのかなぁ。。。

明確な基準は無いけれど、月収15万超えるかどうかがボーダーラインみたいね。

 

そうなると、9年近くやって8,000円だから15万に到達するにはどれだけ頑張りゃいいのか、到底不可能な職業じゃないの。

うーむ、これ一本でやっていくのは厳しいが、今までこれと言って本気になって取り組んで来たことがなかったからなぁ。

 

なんて思っていたら一日が終わりましたとさ。

このあと布団に入りながらヨガの雑誌を読んで、明日朝から実践してみたいと思います。

 

じゃ、今回はこの辺で!読んで頂き有難うございました!٩( ᐛ )و

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 贅沢な時間のある暮らしへ

 

《三原氏物語公式LINEスタンプはこちらから‼ ⬇》

store.line.me